「エウパリノス・プロジェクト」カテゴリーアーカイブ

エウパリノス・プラス?

少し前に高橋さんから、写本を読むための演習用テキストというのを頂戴したのだけれど(改めて感謝)、その際に写本で多用される省略文字の辞書というのをご紹介いただいた。これ、Web版もあるということなのだけれど、個人的には冊子の方が断然良い気がする。『ラテン語・イタリア語の省略記号辞典』(“Dizionario di Abbreviature latine ed italiane”, Andriano Cappelli, Ulrico Hoepli Editore, 1990-2006)というもの。この辞書、パラパラめくるだけでも結構楽しい(笑)。いろんな省略形があるのだなあ、と改めて感心する。おそらくは当時の速記上の工夫の数々なので、そのあたりに思いを馳せながらただ眺めているだけでも、妙に感動的な気さえしてくる。初期印刷本はともかく、それ以前の写本となるとなかなか実際に目にする機会がないし、あってもなかなか読めないのだけれど(暗号解読に近くなってしまうので)、こういう辞書を見ると、むしろ解読よりも写本作りをやってみたくなってくる(笑)。こうした省略形は、現実の筆記作業において練り上げられた工夫もしくはお約束だろうから、習得する場合も実際に書いてみる・作ってみるのがよいのではないか、とも思う次第。個人的に、古典ギリシア語、ラテン語の偽書を作るというエウパリノス・プロジェクトを進めようとしているのだけれど(今はまだ下準備段階)、テキストレベルで終わらずに、実際に羊皮紙を製本して筆記するところまで行けないものだろうかと改めて夢想してみたりする(笑)。どうせならペンやインクも当時のものを復元して……とかね。うんうん、それでこそ本物の偽書(形容矛盾だけれど)だよなあ。テキストをさらに一段先に進めるということで、題して「プロジェクト・エウパリノス・プラス」?

希語作文

まだ忙しい状態が続いていて、なかなか通常の読書とかに戻れない……(苦笑)。そんな中、昨年秋からやり直していたギリシア語作文練習の教科書、ノース&ヒラードの『ギリシア語作文』(North & Hillard, “Greek Prose Composition”, Duckworth 2003)の背がついに痛んでページが少し脱落。うーん、結構酷使していたからなあ。この教科書は短文練習が充実しているので、 ほかよりも個人的には気に入っている。でも、ある意味似たような練習問題が繰り返されるので、ちょっと内容的に飽きてしまうきらいも……(苦笑)。ま、もともとパブリックスクールあたりの教科書らしいけれど、なんだか受験勉強を思い起こさせる感じ……。やはり次はもうちょっと創造的な希訳練習ができるものがよいかもなあ。うーん、まだ先は長い>エウパリノス・プロジェクト。

アクセント振り

古典ギリシア語作文の練習も相変わらず「基本巡り」を繰り返しているけれど(苦笑)、やはりどうもアクセンチュエイション(アクセント振り)がいまひとつ弱い。というわけで、ちょっとそれに特化した本をゲットしてみた。フィロメン・プロバート『新・古典ギリシア語アクセント簡略ガイド』Philomen Probert, “A New Short Guide to the Accentuation of Ancient Greek”, Bristol Classical Press, 2003)というもの。アクセント体系の概説に、セクションごとの練習問題が付いた結構良さそうなテキスト。この練習問題が単純ながら豊富な点が大きな利点かしら。まだ見始めた程度だけれど、概説はひたすら淡々と記述されていて、歴史的・形態論的になぜそうなっているのか、みたいな説明はあまりない。ま、それはもっと大きな文法書で学んでくれということのようだけれど。とにかく同書はひたすらアクセントの話だけ、というのが、ある意味とても好ましい(笑)。とりあえず、取っかかりとしては悪くないかな、と(?)。

ヘルマイオン

古典ギリシア語の作文強化に向けて(苦笑)、この半年ほど作文問題を中心に文法を一通り駆け足で見直している。そのテキストにしているのがこれ。『ヘルマイオン』(J. V. Vernhes, “ἕρμαιον – initiation au grec ancien”, Ophrys, 1994-2003)。フランスで出ている、おそらく最も練習問題の多い古典ギリシア語入門書。練習問題の多さで、これは実に優れもの。これほどガツンと手応えのある学習書、昨今の日本国内には見あたらない(?)。35課あるのだけれど、各課の訳読問題は平均でかるく100題を超える。さらに作文が30題から多いときには60〜70題。訳読問題は課が進むとそれなりに複雑化していくけれど、作文問題は大体一定(笑)。ま、これだけ浴びれば、弱点もよくわかるというもの(個人的には、アクセント記号の位置を結構間違えるのと、不規則動詞の活用……。ま、こんなのはひたすら馴れでしょうけどね)。語学は体育だと久々に思う。これ、いきなり初学者が取り組むというよりも復習用に最適。本文はフランス語だけれど、どこかの出版社が邦訳とか出してほしいところだよね。どこかやりませんかねえ……こんな出版情勢ではちょっと難しいだろうけど。本来は教室で使うことを前提としているみらいだけれど、独習も可。独学用には別冊の「部分解答集」(“Corrigés partiels”)もお忘れなく。とりあえず作文問題と各課の「本格テキスト」の訳の模範解答が載っている(訳読の解答はない)。多少ミスプリとかヌケとかあるのがフランスっぽくってご愛敬(笑)。

奇矯と偉大

普通なら関係者だけで共有される本という感じだけれど、一般販売されているのがとても嬉しい『ラテン詩人水野有庸の軌跡』(大阪公立大学共同出版会、2009)。昨年春に鬼籍に入った日本随一の「ラテン詩人」。大学でのそのラテン語授業も超弩級の激しいものだったといい、その学恩に与った人々を中心に、様々な思い出を綴っているなんとも刺激に満ちた追悼文集だ。そこから浮かび上がる「ラテン語一代記」。そして弟子の方々の分厚い層。うーん、圧倒される。古典学の学会で、水野氏があたりの人にラテン語で話しかけまくり、皆が逃げたなんていうエピソードも。奇矯さ(というかある種の狂気というか)は偉大さの裏返しみたいなものなのだろうけれど、でも、ラテン語会話を受け止める人がいなかった(らしい)というのもちょっと問題よね(笑)。どの古典語だろうと言葉なのだから、文献を読む(黙読的に)だけでなく、音読し書けて話せて聞けるというのはやはり基本……だよなあ。学問としてはそこまでしなくても、というコメントも誰か寄せているけれど、でも自由に使いこなすというのは無上の楽しみなはず。というわけで、まあ、あまり激しくはできないけれど(苦笑)、自分も「エウパリノス・プロジェクト」に向けて少しづつ前進しようと改めて思ったりする。

その水野氏の『古典ラテン詩の精』は現在は入手不可のようだけれど、機会があればぜひ見てみたいところ。ちなみに、「Nux mea uoluitur; en nucula / in stagnum incidit: hac quid fit?」と始まる「どんぐりころころ」ほかいくつかのラテン語訳は同文集に収録されている。ちゃんと歌として歌えてしまうこの見事さ!