「医療史・医療占星術」カテゴリーアーカイブ

ガレノスのディスクラシア論

Method of Medicine, Volume II: Books 5-9 (Loeb Classical Library)今週は多少連休向け読書もしているものの、個人的には通常通りの読みものも読み進めないと気分が悪い(笑)。そんなわけでとりあえず、ガレノスの『治療法論』から第7巻を見ているところ(まだ半分程度)。底本はLoeb版(Method of Medicine, Volume II: Books 5-9 (Loeb Classical Library), ed. I. Johnston & G. H. R. Horsley, Harvard Univ. Press, 2011)。この第7巻というのは、それまでの個別的な理論からいったんまとめにシフトような体裁になっていて、経験論者、方法論者、教条論者といった当時の各派を批判しつつ、ヒポクラテスへの原点回帰を持ち出して、いわゆる理論としてのディスクラシア(異混和)について語っている。すなわち温冷乾湿の4態のアンバランスから疾病が生じるという理論。アリストテレスにも見られるそうした理論を、ガレノスはここで現実に即したかたちで割と丁寧に取り上げていて、バランスを取り戻すための方策についても論じている。たとえば温冷よりも乾湿の不均衡が対応が難しいとし、温浴やミルクの摂取などを勧めていたりする。ガレノスの理論志向がよくわかる一章という感じだ。

ヒポクラテスの環境要因説など

Hippocrates' on Airs, Waters, and Places and the Hippocratic Oath: An Intermediate Greek Reader: Greek Text with Running Vocabulary and Commentary前に紹介したヒポクラテスの『空気、水、場所について』は、少し前に一通り読了(Hippocrates’ on Airs, Waters, and Places and the Hippocratic Oath)。そこではまさしく環境が人体に影響を与え、健康・不健康の原因となるばかりか、民族の諸特徴までも作り上げるという仮設が雄弁に語られている。たとえばヨーロッパ人とアジア人(小アジア)の違い(16節)。アジアに住む人々は好戦的ではなく、剛健さもなくて穏やかだが、それは季節の変化の差が大きくなく、寒暖がゆるやかで、心的に乱されることが少なく身体的にも変化への対応が小さくてすむからだ、みたいなことが記されている。そういう季節的な激しい変化に晒されるほど、ワイルドな心性や勇壮さが培われる、とされている。またそうした気質の差は、統治形態の差をももたらす、とも。アジアの人々は法による統治、王政の一極支配が適するとされ、戦闘的な民はむしろ自治に適している云々。また、そうした環境要因説に即して語られるスキタイ人についての記述も面白い(17節〜22節)。遊牧民である一部のスキタイ人は、季節が激しく変化しない環境の場合、全体として肉付きがよくなり、瑞々しくなり、下ぶくれのようにもなる。ゆえに武器の使用には向かず、男たちはときに馬にも乗れないほどにもなる云々。さらに彼らが黄褐色なのは寒さのせいだともされる。また肉付きがよくて水分を多く含み、身体が柔らかく冷たいがために、性行動も活発ではなく子だくさんにはならず、また馬上生活は股関節に影響を与え関節炎をもたらしたりもし、そうした各種の要因が相まって生殖力の低下をもたらしている云々。このように全体的に環境要因説がこれでもかという具合に前面に出てくる。これはとても興味深いところだ。

Hippocrate: Pronostic (Collection Des Universites De France Serie Grecque)続いて今度は、ヒポクラテスの『診断』(προγωστικόν)を希仏対訳の校注本(Hippocrate: Pronostic (Collection des universités de France Serie grecque), trad. Jacques Jouanna, Les Belles Lettres, 2013)で読み始めている。こちらはより実利的な診断のポイントを、おそらくは医学生向けに列挙したもの。目視が重要とされ、とくに徴候から病が軽微なのか重篤なのか判断することに重点が置かれている。どのような症状が生死を分けるのかというのが、重大な関心事になっていることがわかる。死ぬか生きるかの判断は、当時の切実な問題だったのだろうと伺い知れる。まだ前半だけだが、取り上げられるテーマは章ごとに、顔色、褥瘡、手足の動き、息、汗、肋下部、水腫、局部の温度、眠り、排泄物、尿、吐瀉物などなど。同書についても、できれば後でまとめてメモしよう。

ヒポクラテスにも!

Hippocrates' on Airs, Waters, and Places and the Hippocratic Oath: An Intermediate Greek Reader: Greek Text with Running Vocabulary and Commentary今年から少し長いスパンで、ヒポクラテス(ヒポクラテス集成)なども読んでいこうかと思っている。さしあたり、わりと一般向けではないかと思われる『空気・水・場所について』(Περι Ἀέρων, ῾Υδάτων, Τόπων)から。これをギリシア語中級用リーダー(Hippocrates’ on Airs, Waters, and Places and the Hippocratic Oath: An Intermediate Greek Reader: Greek Text with Running Vocabulary and Commentary, Evan Hayes and Stephen Nimis, 2013)で読み始めているところ。いきなり校注本でも全然よいのだけれど、まずは必要なボキャブラリーなどを確認したいと考えてこのリーダー本にした。これはなかなかよく出来ている一冊。以前、ここでも取り上げたガレノスのリーダー本と同じシリーズの一冊で、対訳こそないものの、文法のほかに文化背景や思想内容などの解説もちりばめた、結構お得なシリーズ。テキストを読むために必要な情報はすべてテキストと同一ページにあるという、辞書要らずなテキストだ。ヒポクラテスの希語は、基本的にはアッティカ方言ながらイオニア方言の要素を数多く残している。でも冒頭の解説でも触れられているように、これが短縮されていないレギュラーな変化形のように思えて案外読みやすい。また文体的にも、個人的にはガレノスのどこか凝った(?)ものなどよりも取っつきやすい印象。ここでのヒポクラテスは、表題のテーマである空気(風、季節風など)、水(水質など)、場所(地理的条件)などが健康にどう影響するかという観点から議論を進めている。風土病のようなものが念頭にあることは確かだろう。前4世紀ごろの自然学の広がりの一端がここから伺い知れそうだ。

医療カテゴリーへの問い

マッド・トラベラーズ――ある精神疾患の誕生と消滅久々にイアン・ハッキングを読んでいるところ。ハッキング『マッド・トラベラーズ――ある精神疾患の誕生と消滅』(江口重幸ほか訳、岩波書店、2017)。19世紀末に「突如登場した」とされる「遁走」現象。突然ふらっと旅に出てしまい、発見されるまで別の地で暮らしてしまったりし、しかも場合によってその間の記憶がないといった症状。最初の報告例はフランスはボルドーなのだとか。後にパリや北イタリアなどでも報告されるようになる。けれどもドイツでは「そんなのないよ」みたいに言われ、アメリカでも同様。しばらくすると、報告例そのもの少なくなり、やがて消滅する……。この現象は一体何だったのか。ハッキングはこれを、症例報告の前提となる医学上の分類の問題として捉え直し、そうした分類をめぐる権力関係(医学界の諸派の力関係)、国の政策(とくに徴兵制度など)の関与などから読み解いていく。昔からあったものの表面化しなかった現象が、あるとき突然、新しい医学的事例として取り上げられ、人口に膾炙したのだろう、というわけだ。そこでは問われるのは、なぜそのような事態が生じるのか、ということになる。なかなかスリリングな一冊だ。

まず、当時のボルドーの医学研究者たちは遁走をヒステリーに分類しようとし、一方のパリの医学界(重鎮としてシャルコーとかがいた)はそれをてんかんに分類しようとしたという。その点ですでにしてそこに政治性が絡んでくるわけなのだけれど、ハッキングはそうした医学的論争、専門職の二極化こそが、「新たな精神疾患」を確立するために必要なことなのではないかと考えている。遁走の「流行」以前から、フランス人にはある種「浮浪状態への強迫観念」のようなものがあったというが、医師たちはその新しいとされる現象が、従来の浮浪者とは異なることを盛んに強調していたという。放浪や浮浪は昔からあった。けれどもそれを新しい症状として数え上げるには、そのような症状を格納できるような「ニッチ」がなくてはならない……。しかもそれは様々な社会的要因によって準備される。例としてハッキングが挙げるのは軍役だ。英語圏で遁走の関心が高まらなかった背景には、懲役の不在があったのではないかという。英語圏での遁走者は、問題を起こさない限り不可視であり続けたのに対し、フランスでは徴兵制のせいで広く路上の男性たちがチェックの対象になったのだ、と。遁走は圧倒的に男性に見られる症状だったのだ。また、軍にとっては、意識的な脱走者と医学的条件による免責対象の脱走者を区別する必要もあったのだ、と。脱走の医学化が必要とされたのだ、とハッキングは言う。

ヒステリーがやがて様々な精神疾患のカテゴリーに分散され、それ自体のカテゴリーとしては消えていくように、遁走もやがて急激に報告例が減っていく。カテゴリーそのものが再編されるからだ、とハッキングは考える。アメリカのように、そもそも遁走のカテゴリーが根付かなかった地域もあったといい、そこでは遁走は「二重人格」などのカテゴリーに部分的に入れられるなど、最初から異なる症状の組み合わせとして分析されるのが常だったという。ここにはまた、移民政策などに絡む優生学的な発想も関与していたらしい。劣性とされる人々に見られるそうした症例は、表面化することがないという次第だ。最近トランプが「シットホールではなく、ノルウェーのような国の移民を受け容れるべき」と発現して話題になったけれど、同書によれば、同じように東欧・南欧の移民ではなくノルウェー人の移民ならオッケーだという趣旨の文章が、優生学者ダヴェンポートの1915年ごろの出版物にあるらしい(!)。いずれにしても重要な点は、こうした国策・思想・政治などの複合環境がもたらす医学的分類への影響力。それは現代にあっても似たような構図を形作りうるものなのだろうと当然推測される。高齢者の認知機能の低下を認知症(つまりは病気)とカテゴライズすること一つとってみても、それが複合的要因の産物であること、福祉政策ほかの諸制度に関連しうるものであることは明らかだと思われる。というわけで、これは過去の事例をめぐる研究でありながら、はるか前方を見据えた考察にもなっている。

ピエトロの『調停の書』受容史から

cop_ML50SISMELから出ている論集『中世からルネサンスの医学、占星術、魔術−−アーバノのピエトロを中心に』(Médecine, astrologie et magie entre moyen âge et Reinassance: autour de Pietro d’Abano, ed. J,-P. Boudet, F. Collard, N. Weill-Parot, Sismel, 2013)を見始めたところ。早速一つ面白い論考があった。シャンドリエ「アーバノのピエトロと医学−−14世紀初頭のイタリアにおける『調停の書』の受容と評判」(Joël Chandelier, Pietro d’Abano et les médecins : Réception et réputation du Conciliator en Italie dans les premières années du XIV siècle, pp. 183 – 201)。アーバノのピエトロは同時代人や後世の人々に多大な影響を及ぼしたと言われていたけれど、どうやらそういう評価が確立したのは15世紀、正確には1420年から40年くらいなのだという。この論考は、ではそれ以前の評価はどうだったのかというところに的を絞り、主著『調停の書』発表(1310年ごろ)直後のイタリアでの評価を追っている。ここでは主に二人の同時代人の評価が示されている。ジェンティーレ・ダ・フォリニョ(1348没)とディーノ・デル・ガルボ(1327没)だ。これらはいずれも、ピエトロの没後からほどなくしてその著書を自著で取り上げるも、高い評価を与えず、とくに後者などはアヴィセンナの『医学典範』にもとづいてガレノスへの回帰を説き、ピエトロやアヴェロエスなどからの批判を斥けているという。総じて、そうした低評価はしばらく続いていたようで、論文著者はそれを、ピエトロが大学の枠組みの中で孤立していたことや、占星術の修得を説いていることなどがその原因ではないかとしている。なるほどそれは、アヴィセンナ(ガレノス=アヴィセンナの路線がイタリアの大学の医学部の主流派だったようだ)が占星術の計算の価値について留保を示していたのと対照的だということか。逆に今度は、1420年ごろから16世紀初頭にかけて、印刷本を中心としてピエトロの主著が徐々に好評を博していったという理由も気になるところではある。