「集団論・民族論など」カテゴリーアーカイブ

儒教的道徳論とサンデル哲学

サンデル教授、中国哲学に出会う今週はこれを読み始める。サンデル&ダンブロージョ編『サンデル教授、中国哲学に出会う』(鬼澤忍訳、早川書房、2019)。一時期のサンデル人気は中国でも(中国でこそ)すさまじかったようだが、これはそんな中で編まれた一冊。サンデルの議論を中国の論者たちが、主に儒教の伝統をもとに検証し、ときに批判しつつ補完しようとしている。まだ第一部の三篇の論考にのみ眼を通しただけだが、どれも興味深い視点から議論を立ち上げていてなかなかに読ませる。最初のシェンヤン・リー「調和なき共同体?」は、サンデルの共同体論がロールズのそれとは違って、共同体を正義の概念の前提と見、道具的な善になど収まらないようなものであって、共同体を構成するメンバーの自我あるいはアイデンティティの一部となるものと考えていることを高く評価しつつも、そこに儒学が説くような調和の考え方がない点に疑問を投げかけている。

トンドン・バイ「個人、家族、共同体、さらにその先へ」は、儒教が家族から共同体へと拡大させようと説くものを「心遣いのネットワーク」と捉え、サンデル的な共同体論との重なりを見いだす。けれどもその一方で、より現実的な政治のあり方についての儒教の教え(少数の者による寡頭政治を認める)が、サンデルなどの共同体論とは異なることを指摘してみせる。そうした側面での儒教は、ときにサンデルが批判するロールズの議論のほうに重なるという。共同体のリアルポリティクス的な面は、その理想論に揺さぶりをかける契機としてもっと重視される必要がありそうだ。ヨン・フアン「美徳としての正義、美徳にもとづく正義、美徳の正義」は、サンデル的な正義は美徳にもとづく正義であり、儒教が説くのは美徳の正義であるとして、両者の差異を明らかにしようとする。儒教が説く正義とは、悪徳な者を罰することではなく、その者が有徳な者になる手助けをすることにあるという。美徳にもとづいて財などの何かを分配するのではなく、美徳それ自体を分配するという思想。人からされて嫌なことを人にせず、人からされて喜ばしいことを人にせよという儒教的黄金律すらをも超越するような視座の可能性が描き出される。

アリストテレス『政治学』を囓る

Politics (Loeb Classical Library)メルマガのほうでパドヴァのマルシリウスの政治論を読んでいるのに関連して、アリストテレス『政治学』(いつもながらのLoeb版:Politics (Loeb Classical Library))をゆっくりと見ているところ。まだ第二書まで。第一書には有名な「人間はポリス的動物」という一節もあるわけだけれど、論じられているのは主に経済問題(家政問題)で、奴隷を肯定する議論とかもあるし、また財産などの共有(いわば原始的な共産主義だが)がいろいろ問題含みであることなどが論じられていたりする。一般にアリストテレスの政治思想が保守的と括られる所以なのだけれど、一方でアリストテレスは、共有制にも私有制にもそれぞれのメリットがあることを示し、両方のメリットを汲み上げるような体制を推奨しようとする。財を所有することは財をめぐる諍いを低減させるし、利己的にならず「友人」との関係に役立てるべく一部の財を共有へと供することは人間的な快をもたらす、と。そうした制度の実践を、徳の教育と立法でもって実現するのが理想なのだというわけだ。このアリストテレス的理想の真逆の例が、とても卑近なところにあり、個人的にはとても腑に落ちる気がする。つまり、親戚づきあいや友人づきあいとかが嫌で、最後の砦は金だとして半ば守銭奴的なケチ道(蓄財ではなしに)に邁進した人物を、個人的によく知っている(今は呆けてしまった老親だ……)のだが、呆けてしまってからは自分の預金も下ろせず、かといって人付き合いも失ってしまっていて、見事に自助の手段を失っているのだ。そういうのを見るにつけ、利己主義的デメリットというものがヴィヴィッドに感じられる……。これはもはや単に個人の問題ではない。そういう動きが蔓延する社会はやはりどこか破綻している……。

アリストテレスはまた、社会というものは異質な人々によって構成されてこそのものであり、あまりに均質な人々によって構成されるのでは社会として成り立たないというようなことも述べている。均質・異質のいかなる過剰さも排するというのが、ここでもアリストテレス的な中庸の在り方なのだろうけれども、いずれにしても差異へと開かれる契機が随所に散りばめられているあたりに、また別の読み方の可能性がほの見えているような気がしなくもない……。

修道院規則と生の様式

Altissima povertà. Regole monastiche e forme di vitaすごく久々に、ジョルジョ・アガンベンを読んでいるところ。ものは『いと高き清貧』(Girogio Agamben, Altissima povertà. Regole monastiche e forme di vita, Neri Pozza Editore, 2011)。「ホモ・サケル」シリーズの第四部第一分冊ということらしいが、タイトルから想像できるように、「規則」というこものが「生の様式」(forma vitae)と一体となっている様を、修道院規則(とくに後半はフランシスコ会が中心となっていく)を題材に検討するというもの。相変わらずその大胆かつ繊細な着眼点がとても刺激的だ。たとえば次のような論点。修道院規則はその古い形において、すでに生の在り方を規定していた。というか、生の完成ということを目指して共同生活を送るという修道院の存立の理念からして、それは生活のモラル化、規則による生の規律化を目指すものだった。では一三世紀のフランシスコ会は、先行する他と諸会派とどう違うのか。アガンベンはここで、「生の規則」(regula vitae)という場合の属格(「生の」)の意味を問う。それは意味上の主語なのか、それとも意味上の目的語なのか。regula fidei(信仰の規則)、regula juris(法的規則)、regula loquendi(話法:発話の規則)という場合、属格に来るものは意味上の主語をなす。regula vitaeはどうか。かつての修道院においては、それもまた意味上の主語をなしていた。生が規則になる限りにおいて、その規則は生と一体化していたのだから。で、どうやらフランシスコ会の場合は(その属格に意味上の目的語の含みももたせて?)そこに、ある種の緊張状態を孕ませている。規則は生を生み出し、そのうちに規則みずからを成立させるのだ、と……。この微妙な渾然一体性と差異とに、アガンベンは規則の口承性と文字化の対立や、規則と典礼(とくに聖典の朗誦)の一体性などを重ね合わせていく……。

さらに、フランシスコ会の文献から、生活様式(forma vitae)に類する表現の数々を拾い上げ、その微細な差異を問題として取り上げてみせる。たとえば規則と生(regula et vita)という表現のこのet(〜と)。もっと古い修道院文献には、規則もしくは生(regula vel vita)といった表現が見られるといい、両者の渾然一体性を表しているとされるが、フランシスコ会のほうは、両者が一体でありながらも一方では(並記されているところから)分離し、ある種の緊張状態を保っていることが示されている、とアガンベンは見ている。こうして、規則が生へと転じるところに、生の様式「と」生を与える規則とが同時に成立する、という生成的な論点が浮かび上がってくる。

主権と一般意志と情念と

先日、ちょっと仕事の関係もあって、国民主権と人民主権の違いについてネット検索をかけてみた際、金子泰子「「国民主権」と「人民主権」−−フランスの共和主義運動に見られる二つの君主主権否定原理」(お茶の水史学、1998-08)(PDFはこちらという論考を見てみた。なるほど、革命期の主権概念の微妙な錯綜関係が興味深い。これに従うなら、国民主権はあくまで議会重視・議会主権的な立場をいい、人民主権では直接民主制の理想が掲げられる。リアルポリティクスにあっては、両者はそれぞれに利点と問題とを抱えつつ、そう簡単に理想を実現できない。論文はさらに主権者的な意識を欠いた第三のグループというのが析出されるとして、それが民衆の抗議行動の論理に似ていると述べている。現実的な政体の残余の部分には、いずれにしても情念的な運動とそれを理論化したものが配置される、というわけか。

ジャン=ジャック・ルソーの政治哲学: 一般意志・人民主権・共和国そういえば人民主権のおおもとはルソーだったっけ……ということで、少し前に刊行されたブリュノ・ベルナルディ『ジャン=ジャック・ルソーの政治哲学: 一般意志・人民主権・共和国』(三浦信孝編、永見文雄ほか訳、勁草書房)の前半を眺めてみた。基本的には講演用のテキストの翻訳のようだが、著者のスタンスは文献を駆使した実証的研究で、その意味ではとても興味深い。とりわけ面白いのが、ルソーの政治思想における世論の位置づけについて論じた第三章。一般意志が立法の形で主権者の表明をなすのに対して、世論はその情念的な価値の表明をなすのだという。前者が理性的・合理的協議に与るものだとすれば、後者はむしろ感情面を手当てする。一般意志がもたらす法律への感情的な同意を担うという意味で、世論は前者を補完する、というのだ。で、まさにそこに、ポピュリズムに陥らない政体の可能性が見られるというわけだ。一般意志は特殊意志の一般化によって成立するとされるけれど、その一般化には社会化の情動が必要とも言われている(第一章ほか随所で指摘されている)。こうして見ると、情念的な次元の重要性とその手当てというのは、政治的近代の黎明期から密かに問題として掲げられ、すでにして考察を促していたということがわかる。

身体ケアから隠修共同体へ

禁欲のヨーロッパ - 修道院の起源 (中公新書)佐藤彰一『禁欲のヨーロッパ – 修道院の起源』(中公新書、2014)をざっと読み。新書とは思えないほど情報が詰まっていてボリューム感に富んでいる一冊。全体として見渡すと、タイトルの「禁欲のヨーロッパ」よりは副題の「修道院の起源」のほうに重きが置かれていて、ややミスリードな感じがしなくもない。ま、それは些末なことにすぎないのだけれど(苦笑)。前半は確かに古代世界の身体ケアの文化史が中心。精神の自由を支えるための古代ギリシアにおける欲望の統制はローマの支配層にも受け継がれ、医学的知見こそそぎ落とされつつも、欲望の節制と食養生を主とする生活規範になっていく。その一方で女性においては、著しく不利な婚姻制度ゆえに、欲望の統制ならぬ欲望の否定が広く浸透していく。このような二重の禁欲的土壌の上にキリスト教の隠修士たちの修行実践が広がっていったというのが話のメインストリーム。個人的に興味深いのは、ローマ時代において「禁欲修行に必要な著作の普及に、貴族層に属する教養ある女性が縁の下の力となって支えた」(p.84)というあたりの記述。文脈は違うけれど、イスラム教においても、その初期段階での普及に女性たちが貢献したという話があり、ちょうど、クルアーンの筆写・編纂においてハフサ(ムハンマドの四番目の妻)がどのような貢献を果たしたかという研究論文が出ているという話を目にしたばかり(Was a Woman the first editor of the Qur’an?という記事を参照)。女性の存在・役割はなかなか前景化しないものの、その重要性はやはり侮れないのだなあ、と改めて。

で、上の本に戻ると、後半は西方の修道院にまつわる話が中心。東方で成立した修道制がいかに西漸していくかから始まって、病の治癒にまつわる異教時代の「場所」の信仰から治癒者としての聖人崇敬への移り変わり、そうした代表格としての聖マルティヌスが敷いた修道院、それとは別筋(いわば東方系)のサン=ヴィクトール修道院(レランス修道院)、修道院を統括する司教権力の確立などが、章ごとに取り上げられている。同書は中世に立ち入る一歩手前までを扱っているわけだけれど、同書が取り上げている修道院にまつわる諸テーマは、もちろん後々まで命脈を保っているわけで、当然そうした史的展開もぜひ読みたいところ……と思っていると、あとがきで続編が予告されているではないの!これはまた楽しみだ。

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