「数の学」カテゴリーアーカイブ

ライプニッツの数学

ライプニッツ―普遍数学の夢 (コレクション数学史)相変わらずまとまった時間が取れないのだが、とりあえず先週後半くらいから林知宏『ライプニッツ―普遍数学の夢 (コレクション数学史)』(東京大学出版会、2003-2015)を見ている。とりあえず前半を終え、最も分量のある第三章を読み進めているところ。年代順の大きな枠組み(ライプツィヒ期、パリ期、ハノーファー期など)で、ライプニッツの数学との格闘の歩みを辿ろうとする良書。その学問的な関わり方というか、抽象化された記号による一般式にいたる前の、煩雑な計算をひたすらこなしていたであろうあたりの手触り感が、割とヴィヴィッドに伝わってくるような印象。個人的にはその足跡の細かいエピソードやスタンスが興味深いところ。たとえば最初の章での、物と物との関係性へのこだわりであるとか、法学研究を通じて論証の確実性を求めるようになり、数学へと接近していくいった経緯(のちにこれとの関係で確率論が出てくる。これは第三章で扱われる)とか、あるいは記号代数学の形式性を取り入れることに抵抗がなく、虚量(虚数)すら単なる符合(記号)にすぎないと見なしているというあっけらかんとした構え方とか(第二章)。横断的な知性、とでもいうのだろうか?いずれにしても、そんなわけなので、位置解析にもとづく新幾何学をまとめ上げようとする野心をホイヘンスに告げても、ホイヘンスがあまり理解を示してくれない、などという事態が生じるというのも、エピソードとしてなかなかに面白い。そう、平凡ながら改めて想う。ライプニッツは確かに面白い(笑)。

アリストテレスと「無限」

無限  その哲学と数学 (講談社学術文庫)以前さわりを少し読んだだけで積ん読になっていた、A.W.ムーア『無限 その哲学と数学 (講談社学術文庫)』(石村多門訳、講談社、2012)を通読しようとしているところ。原著は1990刊。古代ギリシアから現代にいたるまでの「無限」にまつわる思想の展開を追ったもので、哲学史と数学史が交差する興味深い一冊。前半は思想的な通史のまとめ、後半は現代数学での無限の解釈についての概観になっている。前半部分はまた、大きく古代ギリシアから中世・ルネサンス(扱いは小さいが)までと、近世以後とに分かれる感じだ。前半部分の前半、つまり全体の4分の1で主役となっている(つまり割かれているページが多い)のは、なんといってもアリストテレス。プラトンとそれ以前の古代ギリシアの無限論では、無限はつまるところ事物の構造の基礎をなしているという考え方がある程度「共有」されていたというが、それらに対して、そもそも現象と実在の区別を否定するアリストテレスの場合、もしその共有された考え方を保持するなら、無限を時空間の場面において理解する必要に迫られることになる。つまり自然の中に無限なものが存在するかどうかが重要な問題となった、という。また、アリストテレスは無限を「通過できない(終わりに達することができない)もの」という(曖昧な)形で定義し直す。著者によれば、まさにこれは数学的無限の初の特徴づけだったという。

では自然界にそのような無限なものは存在するのか。アリストテレスは自然界には「何も無限なものは存在しない」との立場を取るのだが、そこにはジレンマもあって、時間の無限の分割可能性、物質の無限の分割可能性、自然数の連続や空間が無限であるという数学的真理などが立ちふさがった。で、それらへのアリストテレスの対応策として出てきたのが、有名な「無限は可能的には存在するが現実的には存在しない」という考え方だという。これは、「すべてが同時にそこに存在できはしないという意味での無限」の言い換えでもある。この可能的/現実的の区別はなかなか秀逸で、時間や空間が分割において無限であることはこれで一応認めることができ、数学で仮定される空間は、現実の空間がどんなものかとはおよそ関係がないとすることもできる。無限を形而上学的概念(統一体とか全体とか)に仕上げる旧来の伝統を否定することもできる。けれどもそこには問題もなお残されている、と著者は言う。過去からの時間の流れが、今この時点で完了している場合についてはどう考えればよいのか、という問題だ。過去の時間は加算によっては無限であると考えられるけれども、何かが完了した現在という場合、その完了に至った過去は通過してしまっているではないか、と……。

この問題や、上の可能的/現実的の区別の緻密化が、中世からルネサンスにおいても継承されていくわけなのだけれど(たとえばビュリダンやリミニのグレゴリウスによる、自義的無限と共義的無限の区別など。これなどはまさに可能的/現実的の区別を精緻化したものと見なすことができる)、同書ではそのあたりはごく簡単に触れられているだけだ(だからといってポイントが押さえられていないわけではないが)。それがちょっと残念かも。前半部分の後半は、今度はカントが主役に躍り出てくるようだ。

数学者たちと曲線

微分積分学の誕生 デカルト『幾何学』からオイラー『無限解析序説』まで高瀬正仁『微分積分学の誕生 デカルト『幾何学』からオイラー『無限解析序説』まで』(SBクリエイティブ、2015)を読了。一七世紀から一八世紀にかけての微積分の成立を、当時の主要な数学者だったデカルト、フェルマー、ライプニッツ、オイラーを通じて見ていくという興味深い概説書。取り上げられる各人の、数学的なスタンスの違いがわかりやすく解説されている。キーをなすのは曲線についての理解だ。曲線というものがこんなにも数学者たちを惹きつけていた、というのがまずもって興味深い。デカルトはあくまで曲線を理解するという目的のために、曲線に接線を引くことを目指していたとされる。フェルマーはどちらかというと技巧派・職人的で、曲線を理解するという意識はあまりなく、接線を引くという技法をひたすら極めようとしていくのだという(その結果として、サイクロイドへの接線を引く方法や、極大極小問題での成果を得ているのだ、と)。ライプニッツにいたると、求積法を志向することによって、デカルトが排除していたような超越的な諸量の微分へと至り、いわば「万能の接線法」が見出される。オイラーにおいては、変化量の依存関係としての関数が考案され、曲線の代数的な理解がもたらされる……というのがごく大まかなアウトラインなのだけれど、やはり実際に数式を用いて、それぞれの著者たちがどのような具体的な設問に取り組んでいったのかを再現しているあたりが、一番の読みどころ。それにしても、一七・一八世紀のものも、それ以前のものも、昔の数学書は記号法や言葉づかいなども今とはだいぶ異なっていて、なかなか的確に意味するところを掴むのは難しいというのが実感だけれど、それをひたすら読み解き、現代の数式に移しかえて概要を見せてくれるところは、数学史研究のまさに真骨頂という感じだ。

フッサールと数学

数学の現象学: 数学的直観を扱うために生まれたフッサール現象学鈴木俊洋『数学の現象学: 数学的直観を扱うために生まれたフッサール現象学』(法政大学出版局、2013)を読み始める。なにげに読み出し、まだ冒頭部分(第二部の途中)だけなのだけれど、これは滅法面白い。実に読ませる。フッサールはもとは数学者だったことが知られているけれど、その現象学の成立において、数学の知見がどれほどの重要な背景をなしていたかという話を、詳細に跡づけようとする研究(と見た)。フッサールは師匠のヴァイアーシュトラスの影響を強く受けていて、数とは何かという基本問題に関して、自然数は具体的事物の集合から「抽象」によって得られたもので、それが解析学の基礎をなし、基数(集合の要素の個数)をなしているというきわめて古典的なテーゼを、カントールやデーデキントなどとともに受け継いでいるという。これに対してフレーゲなどは(カントールを批判して)、抽象を用いず、集合の「同値関係」による基数の定義(ある集合の要素が、別の集合の要素と一対一をなす場合を同値関係といい、その集合にある特定の数を帰属させることで、基数を定義づける)を示してみせた。(初期の『算術の哲学』のころの)フッサールから見たこの違いは、カントールの側においては、抽象は数学的定義としてはあいまいなもので、それは数学内部で定義できるようなものではなく、外部、すなわち哲学へと開かれなければならない問題だ、という基本スタンスがあるのに対して、フレーゲのほうは数概念を定義して論理学に還元し、いわば数学内部で処理しようとするものだとされる。けれどもこの後者は、具体的にそこにある集合それ自体を問題にしていない(別の集合との相対的な関係からしか具体的な集合を扱わない)点で、現実の数の言表の意味ではないのではないか、とフッサールは考える。

なるほど、数学の内部だけで閉じるのか(数概念の定義にとどまるのか)、それとも哲学という数学の外部へと踏み出していくのか(数概念の起源へと踏み出すのか)で、両者のスタンスは大きく異なっていくというわけなのだけれど、フッサールはその外部的な考察を心理主義(数学者の意識にとって数はどのように把握されるのか)でもってアプローチするがゆえに、小さな数からより大きな数領域へと拡張する途を歩もうとして、やがて大きな壁に突き当たる。心理主義が課す壁、つまり無限数など、心理的な起源をたどれない表象(非本来的表象)と、心理的な起源をもつ表象(本来的表象)との間の壁だ。前者を後者に包摂できなければ、自然数を超えた実数の構成がうまく吸収できない……。フッサール危うし、というわけだ。そこで彼はどうしたのか……(←イマココ)。

ジャック・ペルティエ(とカルダーノ)

前回挙げた『カルダーノの科学思想』(La Pensée Scientifique De Cardan (L’ane D’or))から、数学を扱ったもう一本の論考もメモっておこう。ミリアム・パパン「カルダーノとジャック・ペルティエ・デュ・マンの数学的出会い:フランス人数学者へのカルダーノの影響」というもの。同時代(16世紀)の数学者でもあり詩人でもあったジャック・ペルティエ(デュ・マン)は、milliardというときの-illiardの表記を考案した人物といわれ(真偽は不明だが)、一方で正書法改革などにも携わっていたという異色の人物。数学の教科書も『算術』(1549年)、『代数学』(1554年)、エウクレイデス『原論』の注解書(1557年)などを著しているという。で、この人物はそのいずれにおいても、カルダーノを引き合いに出しているという。最初の『算術』においてすでに何度かカルダーノに言及し、『代数学』に至ると、カルダーノの著書を多く元ネタとして用いるなど、カルダーノのプレゼンスを強く感じさせる書になっているのだとか。また『原論』の注解書には、ペルティエからカルダーノに宛てた書簡も挿入されているのだそうで、その記述からすると、1552年には実際に会ってもいるという。

この論考では、その書簡で扱われている2つの偽推理について取り上げている。カルダーノが提起した偽推理で、ペルティエがそれに取り組んでみせたということらしい。とくに2つめの「円に内接する円の接点での角度は、直線が作る角度よりも大きくなることはない」という命題が長々と検証されているのだけれど、これは要するに接点に向かう二つの弧の間は漸進的に狭まっていくので、その弧同士が作る角度(それを角度というならばだが)は、直線同士でできる角度よりもつねに小さいのだという話。けれどもそうすると、直線同士でできる角度は分割によりどこまでも小さくできるという別の前提と矛盾してしまう。ゆえにこれは偽推理ということになるようなのだが、カルダーノはこれについて特定の解決を示していないらしい。一方のペルティエは、円と内接円が接点で作る接触角は量をなしていない、と喝破しているのだという。接する弧同士が作る「角度」は通常言われるべき角度ではないという議論によって、この偽数理を解消しているというわけだ。ペルティエは『原論』の註解で、古来からの「角度」の定義に、平面角とは二本の直線が切り出す面を言うという定義を加え、角度の問題から接触角を排除しているという。接触角をめぐる長い議論の端緒をなす議論がこうして登場したというわけなのだけれど、それはペルティエが答えることになったとはいえ、カルダーノによる提起があればこそだった、という話。