悠久の時を想う贅沢

眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く

幼少のころから夏休みというものを刷り込まれているせいか、この暑い時期というのは妙に、スケール感の大きな何かに想いを馳せたくなる(笑)。太古の生物環境というのは格好のテーマだ。というわけで、長年積ん読してあったものから、この夏はアンドリュー・パーカー『眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く』(渡辺政隆・今西康子訳、草思社、2006)を見てみた。これは光と視覚にまつわる生物誌・生物史という壮大な試論。まずは生物が生存戦略として身に纏う色彩の話が大きなウエートを占めている。野生動物の縞柄などが周辺環境に溶け込むと意外なほど隠蔽色になること、反射を前提とした、色素とは違う構造色の有効性など、興味深い話が並ぶ。また、生物の進化の速度は光の量と関係があるのかもしれないとの見解も。かくして同書の中心的な仮説は、光が重大な淘汰圧として働き、それへの適応こそが進化を促してきたのではないかということになる。

光を感受する器官の進化についての考察も、同書の重要な一節だ。そうした進化が意外に速いものであること(50万年程度:地球ができてからの46億年からすれば、ほんの一瞬ということに)を説いてみせている。うーん、この半端ないスケール感が小気味よい。ここから話は一気に年代を遡り、生物が一挙に爆発的に増えていくというカンブリア紀について、それを促したのが光量の変化とそれに対する対応ではないかという、同著者称するところの「光スイッチ」仮説が示される。さしあたりこの仮説の信憑性を検証することは素人にはできないが、このある意味一貫した構成の巧みさは見事というほかない。遠大な悠久の時を、ささやかな、とはいえ微に入り細を穿つ科学的視座によって想うのは、なんともこの贅沢な営みだ。