ビザンツ世界の「ニコマコス倫理学」

相変わらず、『「ニコマコス倫理学」中世ギリシア注解書』を少しづつ読む。やっと半分。ちょっと短いけれど総覧的なコメントになっているのが、リノス・G・ベナキスの論文。12世紀ビザンツでの『ニコマコス倫理学』注解は、エフェソスのミカエル、ニカエアのエウストラティオスが双璧をなしている模様。特にこのエウストラティオスの注解は、ロバート・グロステストの訳で西欧世界でも知られていたといい、西欧世界で初めて『ニコマコス倫理学』の注解書を記したアルベルトゥス・マグヌスも知っていた可能性が高いという。そのあたりに影響関係があるかどうかなどは今後の研究課題だとされている。なるほどね。ほかに逸名著者による注解書や、パラフレーズものが複数あるのだそうだ。

エウストラティオスについては、ミシェル・トリツィオの論文で、新プラトン主義、とくにプロクロスが内容・形式ともに大いに参照されていて、注解に大きく影響していることを論じている。また、ピーター・フランコパンの論文は、上の双璧の注解者を擁したアンナ・コムネーネ皇女(アレクシオス1世コムネノスの娘)のパトロネージについてまとめている。このアンナは「アレクシアド」という歴史書を著すほどの文人だったといい、『ニコマコス倫理学』の注解もこの人物の指示で作られたらしいのだけれど、実はアリストテレスというか哲学全般をそれほど重視してはおらず、基本的な関心はビザンツによるヘレニズムの理想の継承そのものにあったのだという。うーむ、パトロネージとイデオロギー、政治的野心のようなものは、やはり分かちがたく結びついているものなのだなあ、と(苦笑)。それにしてもやはりこの論集、いろいろと勉強になる。後半の諸論文にも期待しよう。