中世思想史のデカ盛り?

年末に出た、スコトゥス研究者八木雄二氏の新刊『天使はなぜ堕落するのか – 中世哲学の興亡』(春秋社、2009)は、一般向けにかみ砕いて説き明かした中世思想史への入門書だった。細かな点にこだわるというより、マクロな面での要衝を押さえようとする向きにはとても分かりやすい一冊。複数の著者による共同執筆の入門書ではこうはいかない。やはり入門書って、単独での著書のほうが、たとえ取りこぼしや偏りはあったとしても、断然個性的で味わいもあるなあ、と。で、本書の場合、どこかテイストが堀田善衛『ミシェル、城館の人』(集英社文庫)あたりに似ている気がする。堀田氏の描くこのモンテーニュ一代記を「小説」とするならば(昔そういう区分けになっていたはず)、この八木氏の新刊も、ある種の「小説」と見なしてもいいかもしれない……なんて(笑)。それほどに筆の運びが快調に滑っていく感じだ。

そして随所に光るオリジナルな視点の数々。普遍論争の唯名論・実在論の話が、そのまま世俗の大学と教会の対立にスライドしていったり、アンセルムスからトマスへといたる思索の限界を指摘してみせたり、一般通念とは逆に、トマスの特殊性が中世哲学の見通しを逆に悪くしているのではないかと述べてみせたり。トマスの批判者として括られるのが一般的なスコトゥスにしても、その先駆者であるオリヴィを介して眺めれば、フランシスコ会的な伝統に意外なほど忠実だということになるのだという。通説を疑ってかかり、ひっくりがえしてみせるところなど、なんとも「反・中世哲学」的でワクワクさせてくれる。新年早々のお薦め本かも。たとえて言えば、美味しい要素をふんだんに詰め込んだデカ盛りというところ(600ページ近い大部なのだけれど、一気にかきこんで食べることができ、お得感いっぱいなので(笑))。