魔術批判者たち……

「ピカトリクス」関連ということで、エウジェニオ・ガレンの『生命の黄道帯 – 14世紀から16世紀の占星術論争』(Eugenio Garin, “Lo zodiaco della vita – la polemica sull’astrologia dal trecento al cinquecento”, Editori Laterza, 1976-2007)を読み始める。大御所ガレンの著書は、もはや古典の風格かも(笑)。まだ2章目までなのだけれど、これまでのところで目につくのは、占星術と魔術の結びつきについての批判者として取り上げられているイブン・ハルドゥーン。『ピカトリクス』についてもいろいろ書いているらしい。とりわけ、占星術と魔術の安易な混同・混淆を強い調子で批判しているのだという。先の『魔術的中世』もそうだったけれど、このまったく拒絶するでも迎合するでもない批判者たちの系譜というのはなかなか面白い気がする。理性の外にあるものをなんとか理性の支配圏へと引っ張ってこようとしているというか、あるいはまた領域を区分けすることで、踏み込まない聖域を確保しよとしているというか……。その裏にはもちろん自然学的・神学的な微妙な立場などもあるのだろうし。うーむ、いずれにしてもイブン・ハルドゥーンも読んでみたいリスト入りだ(笑)。

……それとは関係ないけれど、ガレンはピコ・デラ・ミランドラとの関連で、その一節を引用した後、「人間(ホモ)は、ファベルという点で、魔術への天性の適性があるように思えてくる」みたいなことを書いている。うーむ、「ファベル」にはもしかして、何かこう、場合によっては人知を越えたものなどにすら訴え、理屈がわからなくても使ってしまうみたいな意味合いすらも含まれていたりするのかしら、なんてことをふと思う。