翻訳論の今

ミカエル・ウスティノフ『翻訳–その歴史・理論・展望』(服部雄一郎訳、白水社文庫クセジュ)(画像)を読む。これはまたコンパクトな翻訳論入門書。よくぞまとめてくれました、という感じでもある。起点言語から目標言語への変換みたいなことを述べるのにわざわざ「TS→TC」とかって無意味に記号を使うのは、一時期の言語論みたいでゲンナリするけれど、ま、最小限なのでよしとしよう(笑)。基本的に技法重視の理想論でもなく、アウトプットの現状について実証的に捉えようとする立場はなかなか新鮮。というか、本来そういう論がきちんと出なくてはねえ(笑)。とくに通訳と翻訳の対比を考える第5章などは実例も含めて興味深い(学生とプロ通訳の差とか)。同じように第4章「翻訳の作用」も、たとえば仏語と英語の表現的特徴の差などを指摘していて好ましい(そういう部分って、誰もがなんとなく感じていても、なかなか明示されないし、逆に安易に定式化されるとひどくつまんなくなってしまうからねえ)。

翻訳論の歴史を、逐語訳を批判したとされるキケロや聖ヒエロニムスから説き始めているのもなかなかよいのだけれど(そのあたりのもとのテキストを読んでみたくなった)、中世やルネサンスについてはかなりあっさり駆け抜けてしまうのが、相変わらずでちょっと脱力(苦笑)。そのあたりの豊かな翻訳の所作は、もっと吟味されてしかるべきでしょうにね。というわけで、そこいらがやはり空隙になっていそうだな、と。