西欧のイスラム嫌いの系譜?

タイトルに惹かれて購入してみたら、例の論争の的となったグーゲンハイム本への反論本だったのが、マックス・レイボビッチ編『キリスト教圏の中世イスラム – 科学とイデオロギー』“L’Islam médiéval en terres chrétiennes – science et idéologie”, ed. Max Lejbowicz, Septentrion, 2008。しかもこちらは、以前の『ギリシア人、アラブ人と私たち』よりもはるかに直接的で、収録された論考がすべてグーゲンハイム批判というすさまじさ。うーむ。闇雲にカートに入れてしまったなあ、またやってしまったか(苦笑)、と最初は思ったのだけれど、読み始めてみるとそれなりに面白かったり(笑)。とくにジョン・トラン(John Tolan)の「モン・サン・ミッシェルのアリストパネス?」が、とても皮肉が効いている感じ。アイルランド賞賛という偏りが指摘されていたトマス・ケイヒルの『聖者と学僧の島』については、ケイヒル本人が作家だということもあり、しかも同郷人たちの士気を高めるために書いたということを公言していることもあって、多少大目に見てもいいかな、みたいなスタンスなのだけれど、グーゲンハイムに対しては、「一体誰の士気を高めているんだ?最近の研究では地中海世界の文化の複雑さが指摘されているのに、この単純化した議論は何だ?」みたいに(文面はこんな感じではないけれど)批判し、そこからおもむろに、実はグーゲンハイムにいたる「西欧のイスラム嫌い」は長い系譜があるのだという話に入っていくあたりが、なんとも「巧い」(?)。あのペトラルカも、ある詩句で公然とアラブ人たちを攻撃しているのだという。アヴェロエスなんか狂犬扱いなのだそうだ。15世紀から16世紀にかけては医学界で、アラビア由来の医学教科書(アヴィセンナの『医学綱領』など)をやめてガレノス、ヒポクラテスの純粋な伝統に回帰したほうがよいのでは、という議論が起きるという。当然ながら、そういうアラビア医学を擁護する人々もちゃんといて、結局は文化をめぐる戦いが綿々と繰り返されてきただけだった、と。こうしたことからすると、グーゲンハイムやその後の批判も、そうした長い「伝統」の一端に位置づけられるのだろう、と醒めた眼で(笑)締めくくってみせる。