再びルターと中世

プロテスタント系と中世との関わりについての論考をもう一つ。R. モス「ルターの宗教改革の神学的・哲学的ルーツ:連続と断続」(R. Moss, The theological and philosophical roots of the Lutheran Reformation: continuity and discontinuity, Studia Historiae Ecclesiasticae, 2005)(PDFはこちら)今度は神学思想でのルターと中世という問題を扱ったもの。うーん、でもこれはどうなのか……(?)。ルターと関連する思想として取り上げられているのは、アウグスティヌス、アンセルムス、クレルヴォーのベルナール、スコトゥス、オッカム、そしてトマス・アクィナスという布陣で、それほど目新しい感じはしない。一応ルターが参照している思想家たちということのようなのだけれど、一方でそれぞれの思想家との絡みはごく狭い範囲のトピックに限られていて(アウグスティヌスでは人間の意志の限定性の話、アンセルムスとベルナールでは原罪をめぐる議論、スコトゥスとオッカムでは神の自由意志の問題、トマスでは中世のアリストテレス主義の問題)、今一つ物足りないかも……。また、実証的アプローチかと思いきや、論考の力点は「それぞれの思想がルターの立場といかにパラレルか」ということに置かれていたりもする。たとえばこんなところ。ルターは、スコトゥスが神と人間の間の深淵な溝を強調する点を評価しつつも、その発展形として出てきたオッカムが主張する人間の自由の温存についてはこれをペラギウス主義だとして斥けているという。けれども、と著者は言う。オッカムは、救済は人間の意志には依存せず、神の絶対的な権能にのみ依存するのであり、神への信義のみが問題になると考えていた点で、結果的にルター思想を先取りしているのだ、と。でもこれでは、ルターが捉えたオッカム思想が問題なのか、両者の思想の構造的な類似が問題なのか今一つ釈然としなくなってしまうでないの。願わくば両方のアプローチをきちんと仕分けして、ぜひ長編論文に仕立ててほしいところ(なにかこう、論考のテーマとしては長編向きなのに、あえて短編で仕上げているような印象もある)。「ルターの宗教改革初期段階での最大の関心は、トマス主義の神学を通じて伝えられたアリストテレスの影響を、教会から取り除くことだった」なんていう著者の文言も、ルターそのもののテキストに準拠しているのか、それとも後付けの解釈なのかよくわからない(って、それはこちらの個人的な知識の欠如のせいかもしれないけれど)。そもそも、その前段階となる、ルターがトマスの「協働モデル」(人間と神とが救済に向けて協力しあうというもので、ルターが考える「一方的モデル」とは真逆)を否定していたこととか、ルターがトマスの思想を適切に理解し損ねているとかの話も、きっちり検証・論証してほしいところなのだけれど……(?)。