教会、迷路、踊り

「迷路のような巡礼路」(Tessa Morrison, The Labyrinthine Path of Pilgrimage, Peregrinations: International Society for the Study of Pilgrimage Art, Vol.1:3, 2003)という短い論考を読む。シャルトルの大聖堂の床に巨大な迷路が描かれているというのは結構有名な話だけれど、ほかにもサン・ミケーレ・マッジョーレ、サン・ヴィターレ、ラヴェンナなどのゴシック聖堂にもあるのだそうだ。同論考はそうした迷路についての考察しているのだけれど、なにやら意外性に満ちていて、個人的には楽しく読めた(笑)。一般に巡礼の道を象徴するとされてきたそれらの迷路だけれど、そうした迷路の幾何学的な模様(クレタ風ではない)が描かれた最古の事例は、10世紀の計算手引き書なのだそうで、復活祭の日にちの計算を解説する箇所に挿入されていたりするのだとか。その200年くらいに後になって、教会の床に描かれることになる。ただ、それが僧侶の歩きながらの瞑想に用いられたという事例は18、19世紀のもので、それ以前にそうした修行が行われていた確証はないのだという。

一方で、聖堂内の迷路を使って歌や踊り、ボール遊び(というと語弊があるかな)などが行われていた記録があるのだという。聖職者たちが迷路の上で踊っていた……ってなかなか想像しにくいものがあるが(笑)、復活祭の月曜の晩課などで行われていたらしい。「オーセール・ペロータ」の記録というのが最も詳細なものだという。歌い踊りながら球技をするという一種の儀礼なのだそうだが、この球技ダンスのルールや記述が1396年の教令に残っているそうだ(どこかに復元映像とかないかしら?)。そうした踊りはシャルトルでも行われていた可能性が高いという。

この論考はここから、いきなり思想系へと言及する(!)。聖職者の踊りは回転、休止、逆回転の3つの要素から成るものだとされるのだけれど、これがプラトンの『ティマイオス』に見られる「天空の踊り」(つまり、恒星の右から左の動きと、七惑星の左から右の動き、そして静止しているとされる地球)を象徴的になぞっているのだ、と。また、その象徴体系に組み込まれているものとして、『国家』で語られるエル神による諸天の旅の物語も触れられている。さらには、偽ディオヌシオス(アレオパギテース)による天使の位階論も言及される。9つの位階に分かれる天使は、神の照明を下界の人間の位階に拡散するために、やはり3つの部分から成る踊りを踊っているのだ、と……。オーセールの復活祭の踊りが行われた迷路は、12の円から成っており、それは4元素から成る中心部、7つの惑星、恒星の計12の球を、つまりは中世の宇宙観そのものを表しているという。かくして教会の床の迷路は、地上世界での巡礼などを遥かに超えた魂の巡礼路を表し、ひいてはコスモロジー全体へと繋がっていくのではないか……。おお、壮大な話だけに、詳しく論究すればまた面白いはずなのだが、おそらくは誌面の制約のせいで(?)、このあたり、かなり端折った説明の羅列にしかなっていないのが多少残念な気もする。でも、とりあえず気持ちは伝わったぜ(笑)。

wikipedia(en)より、シャルトル大聖堂の床の迷路↓