中世イスラムと災害

これはなかなか参考になる一編。アンナ・アカソイ『中世における災害へのイスラムの態度:地震と疫病の比較」(Anna Akasoy, Islamic Attitudes to Disasters in the Middle Ages: A Comparison of Earthquakes and Piagues, The Medieval History Journal, vol.10, 2007)。地震と疫病にまつわるアラブ圏の伝承や思想的伝統について、イスラム教以前から中世にいたるまで多面的にアプローチしようとしている。地震と疫病がペアで考察されているのは、宗教的に神の罰(イスラム教もキリスト教とその点ではさほど違わない)だとされるなど、一括りにされることが多いからだが、それでも当然扱いは一様ではない。興味深いのは、イスラム教以前のベドウィンの伝承の一つ。それによると地震は地球を支えているコズミックな魚が、イブリス(イスラム神話の魔王)からおのれの力の強さを教えられて動いた結果起きるとされていた……ナマズみたいな話。イスラム教になってからも、キリスト教にないアラブ系神話が伝えられていて、サーリフがサムード族のもとへ預言者として遣わされたとき、神のしるしとして連れていたラクダを不敬なサムード族が不具にしてしまい、その罰として地震(など?)が起きたという話があるのだとか。

ギリシアの学問がアラブ世界に伝えられると、たとえばイブン・バージャ(アヴェンバーチェ)やイブン・ルシュド(アヴェロエス)などは自然現象として地震について述べたりしている。とはいえ終末論としての地震が神によるものであることを否定してはいないという。地震に関する限り、宗教的説明と自然学的説明とを調和させようといった議論は見当たらないのだという。これはなかなか興味深い点だ。もちろん、そうした議論が文書として残されなかった可能性もあるといい、また自然学的議論がごく一部のエリート層に限られていて、広い層からの反論に応える必要もなかったという可能性もあるらしい。アヴェロエスが自説にこだわり、弟子の一人アブド・アル・カビールの顰蹙を買うという逸話もあるのだとか(笑)。

wikipedia (en)より、マンフレドゥス(デ・モンテ・インペリアーリ)『草木の書』から、アヴェロエスとポルフュリオスの空想的対話を描いた挿絵。14世紀