ヤコポ・ダ・フィレンツェ

イエンス・ヘイラップ「ヤコポ・ダ・フィレンツェとイタリア固有の代数学の始まり」(Jens Høyrup, Jacopo da Firenze and the beginning of Italian vernacular algebra, Historia Mathematica, vol. 33, 2006)(PDFはこちら)という論文に目を通す。1307年にモンペリエで書かれたという、ヤコポ・ダ・フィレンツェなる人物の代数学の書は、当時知られていたアル・フワーリズミーの『代数学』や、アブー・カーミル、さらにフィボナッチなどのものと違う「解法」が記されているといい、しかもそれが俗語(イタリア語)で書かれていて、ほかの代数学とは別筋の系譜があったことを思わせるのだという。で、それを文献学的に考察しようというのがこの論文。注目されるのは基本となる6種類の方程式の提示の仕方で、このヤコポの場合、アル・フワーリズミーとアブー・カーミルが示す順番(フィボナッチも一箇所だけ違うのみでほぼ同じ)とはまったく違う順番で示しているのだという。しかも、ほとんど専門的な記号などを用いず、商業関係の具体的な利益とか財産の話などでそれを示しているのが特徴的なのだそうだ。また、ラテン語で書かれた代数の書と大きく違う点として、解法の正しさを示す幾何学的な証明がいっさい用いられていないことも挙げられるという。

そんなわけで論考は、文献学的な対応関係からヤコポがどんなソースを用いているのかを考察しようとするのだけれど、ヤコポの書の細かな諸特徴は個別に見ればアラブ系の文書にも見つかるとはいうものの、それらが一緒くたに入っている文書(つまりはソースの可能性が高いもの)というのはまだ見つかっていないのだという。また、ヤコポ後のイタリアの代数学の書を見ると、いずれもヤコポを出典として用いていることから、ヤコポの独自性がいやが上にも際立ってくるのだともいう。ただ、1344年に書かれたダルディ・ダ・ピサという人物の代数学はヤコポそのものに依拠しておらず、もしかするとヤコポが用いたものと共通の文書に依拠している可能性もあるのだとか。うーむ、文献学的な議論の面白さと、数学の文書の読み解きの難しさを改めて認識させてくれる(笑)興味深い論考だ。ちなみに論文著者は、このヤコポのテキスト(ヴァチカン写本)のトランスクリプションもPDFで公開している。さらにその翻訳を含む研究書(Jacopo Da Firenze’s Tractatus Algorismi and Early Italian Abbacus Culture, Springer, 2007)も出版されている。