スアレス『形而上学討論集』から 2

第二討論第一部。その第一節の残り部分。前回の冒頭の箇所をざっと眺めてみると、形相的概念と対象的概念という対は、視点を変えただけで同じ一連のプロセスが表されているかのような印象を受けもする。というわけで、まずは先を見てから考えることにしよう。

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(承前)そこから、形相的概念と対象的概念との差異が得られる。つまり、形相的概念はつねに真かつ肯定的な事象[res]であり、被造物においては精神に内在する性質だが、一方の対象的概念は、必ずしも真かつ肯定的な事象ではない。というのも、私たちはときに欠如や、知性のうちにのみ対象的な存在をもっているがゆえに私たちが「考えられた存在」と呼ぶものを、概念として抱くからである。さらに、形相的概念はつねに単一で個別的な事象である。その事象は知性によって生み出され、知性のうちに内在するからだ。一方の対象的概念は、ときには単一で個別的な事象でもありうる。精神において対象に据えられうる限り、また形相の作用によって概念として抱かれる限りにおいてだ。だがそれは多くの場合、たとえば「人間」や「実体」、その他類似のもののように、普遍の事象、あるいは混淆した共通の事象なのである。ゆえにこの討論では、私たちはとりわけかような存在の対象的概念について、その全体的な抽象、すなわちそれゆえに私たちが形而上学的な対象であると述べた理由にもとづき、説明づけたいと考えている。だが、これはきわめて難しく、私たちの概念形成に多く依存していることから、私たちはまず形相的概念について考えることにする。そちらのほうが馴染みやすい、と私たちには思えるのだ。