対象同士の関係世界

L'objet quadrupleこれも年越し本だけれど、グレアム・ハーマンの『四項構成の対象』(The Quadruple Object)を仏訳で読んでみた(Graham HarmanL’objet quadruple, trad. Olivier Dubouclez, PUF, 2010)。フランスのメイヤスーなどとともに名前の挙がることの多いハーマンは、これが仏訳としては最初の著作で、しかもこの著作に関しては仏語版が先に出ていたらしい。「対象」を再定義することによって、まったく新しい形而上学を打ち立てようというのが基本的な主旨。対象の再定義については、主にフッサールとハイデガーの批判・再検討が踏み台となっている。このあたりはとても興味深い分析だ。主筋だけ取り出すと、まずフッサールの内観的アプローチは、対象の感覚的な側面(感覚的対象)を取り上げていると評価されるものの、その問題点は、外部に実在するであろう対象にほとんど言及しない点にあるとされる。一方のハイデガーについては、道具的存在として対象を把握するその分析が取り上げられ、その観点が対象一般へとある意味拡張される。道具として対象が捉えられるとき、その対象そのものは意識に登らず不明瞭な領域へと後退してしまうわけなのだが、そのアクセス不可の領域にこそハーマンは注意を向け、そこに対象の実在性(実在的対象)を見据える。こうして取り出された「感覚的対象」と「実在的対象」は、人間vs外部世界という従来の枠組みを脱するものとして、ただちに一般化される。あらゆる対象は、他の対象(人間や動物を含むが、それにだけとどまるのではない)にとって、感覚的対象と実在的対象をなすというのだ。感覚的という形容詞もすでにして人間(ないし動物)の感覚の意味ではなく、別の対象との相互作用が可能な表層部分といったような意味合いらしい。いずれにしてもここに見られるのは一種の汎対象論。対象が他の対象となんらかの関係性を織りなすという世界を描こうとしている。これをハーマンは「思弁的形而上学」と称する。

こうした構築の意志を強く感じさせる議論展開の後、話はやや図式主義的なものに転じていく(哲学とは単純化でもある、となにやら開き直りのような放言もある(笑))。対象が併せ持つ「質」にも感覚的な質、実在的な質の区別を設けることで、対立軸の軸線を複数化し、四項(実在的対象、感覚的対象、実在的質、感覚的質)から成る図式が成立する(著者自身もさらっと書いているが、なにやら昔のグレマスの記号論を彷彿とさせるものもある)。で、著者はそれぞれの項同士、あるいは項がおのれ自身と切り結ぶ関係性について、やや踏み込んだ形で記述していく。「ハンマー」のような具体的な例も挙げられるのだが、一見「とりつきやすそう」に見えて、このあたりの記述は正確に理解しようとするにはちょっと手強い感じもある。それらの関係性にハーマンは独特な語彙をあてがっていて、たとえば、実在的対象が感覚的な質と切り結ぶ関係は「allure(「振る舞い」、あるいは英語的に「魅惑」?)」と称されたりする。そうした語彙が妙に人間くさい(ないし生き物くさい)ためか(苦笑)、なかなか対象同士の関係性という感じですんなり読みきれないもどかしさを感じる。さらにまた、そうした図式でのまとめがこの先どう発展しうるのか、どういった実をもたらすのかといった展望もいまひとつ見えないなど、いくつか釈然としないところも。とはいうものの、まったく新たな形而上学を構築しようという意志、あるいはその潔さには少なからぬ感銘を受ける。ちなみに英語でObject Oriented Onthologyとされているもの(これを「オブジェクト指向存在論」と訳してしまうと、なにやらあまりにプログラミングっぽい感じになってしまうのだが……)は、この仏訳では「対象中心存在論」みたいに訳されている。

英語での同一著作はこちら。

The Quadruple Object
The Quadruple Object

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Graham Harman
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