翻訳論集成

ドイツ系の近代の翻訳論を集めた『思想としての翻訳』(三ツ木道夫編訳、白水社)。ロマン派あたりの翻訳論だけあって、中身もかなり文学論寄りで、ときにある種の思いこみのような議論に貫かれていたりもするのだけれど(笑)、とにかく翻訳の対象が主にギリシア・ラテンといった古典語で(さすがロマン派)、ドイツのそのあたりの豊かな伝統に思いを馳せることができる。とりわけヘルダーリンの訳業が高く評価されているところが印象的。ノイベルト・フォン・ヘリングラードなどは、他の凡百の翻訳が原典からいろいろに隔たってしまうのに対して、ヘルダーリンのピンダロスの訳は、逐語訳との批判を受けるほどに通常のドイツ語からすれば破格であろうとも、「一つの原理から生まれた統一体」であり、「原作の芸術としての性格を再現しよう」としたものだ、と絶賛している。ベンヤミンもまた、ヘルダーリンの翻訳を「翻訳の原像」だと断定する。ベンヤミンは翻訳の考え方として、意味すら超えた、意味の彼方にある作品としての本質そのもの(純粋言語と称される)を目指すべきだといい、一種の超越論、あるいはイデア論的な理想を掲げている……。個人的にはヘルダーリン訳そのものを見たことがまだないのだけれど、「ギリシア抒情詩の様々な音調を再現」(ヘリングラード)しているとされ、「形式を再現する上での忠実」(ベンヤミン)とされるその訳業、ぜひ見てみたいところ。