ピコと思想的伝統

前回取り上げたピコ・デラ・ミランドラのアンソロジー(Oeuvres philosophiques )を今週はその後も読んでいる。巻末のオリヴィエ・ブールノワの論考「人文主義と人間の尊厳」もなかなか面白い。前回の伊藤氏の議論に少し重なるところもあり、ピコの哲学的思想のうち、ミクロコスモス論と知性・自由意志論(これが全体的ヒエラルキーのなかの人間の位置づけの議論に相当する)を、それまでの思想史的な流れと絡めてまとめている。というわけで、簡単にメモ。ミクロコスモス論も長い伝統があり、ブールノワはナジアンゾスのグレゴリオスにまで遡っている。神が人間に生命を吹き込む際、それは第二の世界(マクロコスモスに対するミクロコスモス)として吹き込んだと記しているという。このテーマはダマスクスのヨアンネスも取り上げているのだとか。けれどもこの「もう一つの世界」という観点により、逆に人間が尊厳的でないものと見る立場も成立しているという。

人間の尊厳をその自由に見るという観点も、長い伝統の上にある。2世紀ごろのアンティオキアのテオフィロス、リヨンのエイレナイオス、マルキオン、テルトゥリアヌス、アレクサンドリアのクレメンス、ニュッサのグレゴリオス、アレクサンドリアのキュリロス、ダマスクスのヨアンネスといった神学者たちの自由をめぐる諸論が次々に取り上げられていて、このあたりは興味深いまとめになっている。こうした長い自由論の系譜を無視することはできない、というわけだ。ルネサンス期における伝統への反逆というテーゼは不用意にすぎ、またルネサンス期になって神の属性を人間が奪取したというのも時代錯誤の見識でしかない、とブールノワは述べている。