【基本】アリストテレス『命題論』再訪

Categories. On Interpretation. Prior Analytics (Loeb Classical Library)プラトン『クラテュロス』に続き、アリストテレスの『命題論』(『解釈について』)を復習する( Categories. On Interpretation. Prior Analytics (Loeb Classical Library))。名詞と動詞の区別の話から、命題の肯定・否定の話などへとシフトしていくのだが、久々に眺めてみて、やはり一番面白いのは、肯定命題にはそれぞれ対立する否定命題が一つだけあるというあたりの話。「「人間である」の否定形は「人間ではない」であって、「人間ではないものである」ではないように、また「白い人間である」の否定形は「白い人間ではない」であって、「白くない人間である」ではない」(21b1〜4)というふうに、否定が名詞(ὄνομα)ではなく動詞(ῥῆμα)にかかるというところがミソ。けれども、全体的にどこか巧妙な感じを与える議論展開ではある。これについては、次の論考が参考になる。高橋祥吾「アリストテレスにおける命題の対立関係と問答法」(『比較論理学研究』第2号、広島大学比較論理学プロジェクト研究センター、2005、PDFはこちら。アリストテレスがこの連辞用法でのbe動詞の否定を、否定命題を作る際の原理に据えていることを指摘している。さらにそれは命題の真偽での対立関係について、全般的に当てはまるといい、命題の矛盾対立関係が、命題の要素における概念レベルの対立とは関係ないことが示されている。そしてそれこそが、イエス・ノーを明確にする「問答法」(διαλεκτική)の問いをつくるために必須なのだとされる。アリストテレスの巧妙さの正体は、同論考によると、もともとのῥῆμαの定義が不十分であり、その中で「である」の特殊性によってその不完全さを補完している点にあるとされている。なるほど。では、もっと精緻な定義がなされるとしたら、それはどうなるだろうか、といったことを思ってみたりもする。

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