【古典学】肉付けの妙味

詩人が読む古典ギリシア――和訓欧心高橋睦郎『詩人が読む古典ギリシア――和訓欧心』(みすず書房、2017)を見ているところ。詩人にして古典学にも精通するという同著者が、岩波の『図書』に連載したエッセイをまとめたものだという。話はホメロスから悲劇・喜劇を経て、哲学、歴史へと連なっていく。それぞれの章は、著者本人の古典愛を感じさせるヴィヴィッドな肉付けによって深い奥行きが生まれ、古典ギリシア文学の手堅い案内書になっている印象。たとえば哲学についての話では、定番ながらまずはソクラテスやプラトン、次いでアリストテレス、クセノフォン、さらにはエピクロスが取り上げられるわけなのだけれど、そこに当時の政治情勢や学問状況、人物像などが埋め込まれ、とても豊かな立体感、あるいは彩色像が浮かび上がる。まさに詩的肉付けというところ。プラトンは書簡がソースになって、ある程度具体的な人物像が想像できるが、アリストテレスはもう少し難しいような気もする。けれどもそのあたりをも、著者は軽妙な筆致で捌いてみせる。これは読む側にとっても実に楽しいところだ。

こうして見ると、改めて思うのは、詩人と古典学といった、関係あるといえばあるし、ないといえばないような、近くて遠い異分野であっても、精鋭によるアプローチというのは興味深いのでは、ということ。大きく離れている分野の人もさることながら、哲学系でも別筋であるような人であっても、ときに面白い観点をもたらしうるのではないか、と想像してみる。従来の解説本のようなものとはまた違う、別様の肉付け、別様の議論のヒントが、見つけ出せたりしないだろうか、と。そうした異分野的な古典学、あるいはプラトンやアリストテレスの肉付けというのは、少なからず面白そうではある。というわけで、今年の夏は、課題としてそんな異分野的アプローチの可能性を探っていくのもよいかも、と思ってみたりする。

このエントリーをはてなブックマークに追加
[`yahoo` not found]
[`livedoor` not found]
[`nifty` not found]
[`fc2` not found]
[`evernote` not found]