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ボイヤーの数学史

ちょっと思うところあって、カール・ボイヤー『数学の歴史』(加賀美鐵雄ほか訳、朝倉書店)から、古代末期・中世までを扱った2巻と、ルネサンスから17世紀前期までを扱った3巻の冒頭部分まで(16世紀前半あたりまで)をざっと眺めてみた。2009年の新装版。原著は1968年ということだが、久々に中世暗黒史観を目にした感じで、ちょっとくらくらした(笑)。ボイヤーはあまり中世は好きではないのか、なにやら言葉の端々に皮肉が込められたりして、全般に実に評価が低い。ギリシア数学は高く評価しつつ、それが古代末期に失われてしまうのを嘆いている(ま、さもありなんだが)。古代末期から中世への橋渡しをなしたとされるボエティウスにしても、『算術論』が初歩的なものにすぎない、などと遠慮がない。で、ボエティウスの死は古代数学の終末だったとし、弟子のカッシオドロスの自由学科の解説など「とるに足らない」、セビリャのイシドルスの『語源録』は「程度の低い著作」だと一蹴されている。で、初期中世は科学の「暗黒時代」だと言って憚らない。うーん、数学的見地から見て、ということなのだろうけれど、それにしてもカッシオドルスやイシドルスの著作の意図(初学者への手引き)からすれば、それはちょっと筋違いというか、酷なのではないかとも思う。とはいえそんな初期中世の「暗闇」の中、ベーダの著書だけは評価されていたりする(笑)。

個人的関心からすると、むしろ中世盛期から末期にかけてが気になるところだが、やはりフィボナッチことピサのレオナルド(13世紀)あたりからが本格的な話になる。とはいえ、その『算盤の書』は「現代の読者にとって読むに値する本ではない」とこれまた少々手厳しい(ま、それはそうなのですけれどねえ)。一方で『平方の書』は「すばらしい著作」と評価していたりもする……。さらにその後はトマス・ブラッドワーディンとニコル・オレームをやや詳しく取り上げている。続くルネサンスでは、まずレギオモンタヌス。それに次いで幾人かが紹介されて、ニコロ・タルターリアとカルダーノに比較的多くのページが割かれている印象(三次・四次方程式の話)。等号の記号を使った嚆矢として紹介されているロバート・レコード(16世紀)が、ブラッドワーディン没後の二世紀間停滞していたイギリスの数学に突如現れたきら星として描かれていたりして面白い。なるほどボイヤーは、なにかこの断絶の相を見て取ることに長けているのかもしれないなあ、と。