医療カテゴリーへの問い

マッド・トラベラーズ――ある精神疾患の誕生と消滅久々にイアン・ハッキングを読んでいるところ。ハッキング『マッド・トラベラーズ――ある精神疾患の誕生と消滅』(江口重幸ほか訳、岩波書店、2017)。19世紀末に「突如登場した」とされる「遁走」現象。突然ふらっと旅に出てしまい、発見されるまで別の地で暮らしてしまったりし、しかも場合によってその間の記憶がないといった症状。最初の報告例はフランスはボルドーなのだとか。後にパリや北イタリアなどでも報告されるようになる。けれどもドイツでは「そんなのないよ」みたいに言われ、アメリカでも同様。しばらくすると、報告例そのもの少なくなり、やがて消滅する……。この現象は一体何だったのか。ハッキングはこれを、症例報告の前提となる医学上の分類の問題として捉え直し、そうした分類をめぐる権力関係(医学界の諸派の力関係)、国の政策(とくに徴兵制度など)の関与などから読み解いていく。昔からあったものの表面化しなかった現象が、あるとき突然、新しい医学的事例として取り上げられ、人口に膾炙したのだろう、というわけだ。そこでは問われるのは、なぜそのような事態が生じるのか、ということになる。なかなかスリリングな一冊だ。

まず、当時のボルドーの医学研究者たちは遁走をヒステリーに分類しようとし、一方のパリの医学界(重鎮としてシャルコーとかがいた)はそれをてんかんに分類しようとしたという。その点ですでにしてそこに政治性が絡んでくるわけなのだけれど、ハッキングはそうした医学的論争、専門職の二極化こそが、「新たな精神疾患」を確立するために必要なことなのではないかと考えている。遁走の「流行」以前から、フランス人にはある種「浮浪状態への強迫観念」のようなものがあったというが、医師たちはその新しいとされる現象が、従来の浮浪者とは異なることを盛んに強調していたという。放浪や浮浪は昔からあった。けれどもそれを新しい症状として数え上げるには、そのような症状を格納できるような「ニッチ」がなくてはならない……。しかもそれは様々な社会的要因によって準備される。例としてハッキングが挙げるのは軍役だ。英語圏で遁走の関心が高まらなかった背景には、懲役の不在があったのではないかという。英語圏での遁走者は、問題を起こさない限り不可視であり続けたのに対し、フランスでは徴兵制のせいで広く路上の男性たちがチェックの対象になったのだ、と。遁走は圧倒的に男性に見られる症状だったのだ。また、軍にとっては、意識的な脱走者と医学的条件による免責対象の脱走者を区別する必要もあったのだ、と。脱走の医学化が必要とされたのだ、とハッキングは言う。

ヒステリーがやがて様々な精神疾患のカテゴリーに分散され、それ自体のカテゴリーとしては消えていくように、遁走もやがて急激に報告例が減っていく。カテゴリーそのものが再編されるからだ、とハッキングは考える。アメリカのように、そもそも遁走のカテゴリーが根付かなかった地域もあったといい、そこでは遁走は「二重人格」などのカテゴリーに部分的に入れられるなど、最初から異なる症状の組み合わせとして分析されるのが常だったという。ここにはまた、移民政策などに絡む優生学的な発想も関与していたらしい。劣性とされる人々に見られるそうした症例は、表面化することがないという次第だ。最近トランプが「シットホールではなく、ノルウェーのような国の移民を受け容れるべき」と発現して話題になったけれど、同書によれば、同じように東欧・南欧の移民ではなくノルウェー人の移民ならオッケーだという趣旨の文章が、優生学者ダヴェンポートの1915年ごろの出版物にあるらしい(!)。いずれにしても重要な点は、こうした国策・思想・政治などの複合環境がもたらす医学的分類への影響力。それは現代にあっても似たような構図を形作りうるものなのだろうと当然推測される。高齢者の認知機能の低下を認知症(つまりは病気)とカテゴライズすること一つとってみても、それが複合的要因の産物であること、福祉政策ほかの諸制度に関連しうるものであることは明らかだと思われる。というわけで、これは過去の事例をめぐる研究でありながら、はるか前方を見据えた考察にもなっている。

通詞の現象学 – 6

ロドリゲス日本大文典の研究 (和泉選書)引き続き子鹿原敏夫『ロドリゲス日本大文典の研究 (和泉選書)』から第三章と第四章。それぞれ「語根」と「中性動詞」という興味深い問題を考察している。まず「語根」について。日本大文典での「語根」は、動詞活用の共通部分と可変部分を区別する発想ではあったようなのだが、16世紀当時のラテン文典ではまだそういう区別は確立されておらず、音節や文字による分解は知られていたものの、基本単位はあくまで「語」全体であって、活用形はそれが屈折するものと考えられていた、と著者は述べている。ラテン文典で語語根と接尾辞が区別されるのは19世紀になってからだという。では、大文典での語根はどこから来たのか。語根そのものは12世紀以降のアラビア語研究や、16世紀に再燃したというヘブライ語研究で取り沙汰されていたというが、直接影響したのは、大航海時代のラテンアメリカ地域の言葉についての研究ではなかったかという。ナワトル語やタラスコ語の文典だ。とくに16世紀中葉のタラスコ語文典(ヒルベルティ、ラグナスなどによるもの)が、語根導入において重要な役割を果たしたらしいとされている。ロドリゲスはそれらを用いていたきわめて可能性が高い、と。ちなみに日本語の「語根」というのは、いわゆる連用形のこととされる。

続く中性動詞の話も興味深い。ロドリゲスはあえて日本語に「中性動詞」という範疇を設けているというが、著者曰く、それは彼が形容詞を「形容動詞」と呼んで動詞に分類したことに関係するのだという。ロドリゲスの考え方は、形容詞は名詞の一部だとする当時の印欧語の見識に対立する、革新的な知見だったといい、その根拠は、たとえば日本語の形容詞は時制を表現できる(「深い」「深かった」「深かろう」)点などにあった、という。その説を支えるために持ち出された中性動詞というのは、今でいう自動詞に相当するもので、補語を必要としないとか、対格以外で補語を取るような動詞のこと。16世紀当時のラテン語文典では、態の概念や自動詞・他動詞の区別がまだないため、能動動詞・受動動詞・中性動詞・共通動詞(一つで能動と受動の意味を兼ねることができるもの)・形式受動動詞(形式は受動態だが、意味は能動的)といった分類がなされていた。とはいえ、中性動詞という概念は、16世紀ごろにそれまでのラテン文典の見直しがなされるようになると、徐々に敬遠されるようになっていく。下位区分の「絶対中性動詞」の定義が曖昧で、判断が難しいことが理由だったのではないか、という。したがって、これをあえて日本語に適用しようとするロドリゲスの立場は、かなり特殊なものでもあった。しかしながらそれを導いたのは、ロドリゲスが直面したであろう、日本語に多々見られる主語省略の文だった可能性が示唆されている。大文典で絶対中性動詞に分類されるものは、ほとんどすべてポルトガル語の、今でいう再帰動詞(再帰代名詞を付けて自動詞化した他動詞)に当たるとロドリゲスは考えていたらしい。

通詞の現象学 – 5

ロドリゲス日本大文典の研究 (和泉選書)昨年は長崎通詞の言語観や、明治初期ごろの近代の翻訳についての議論を参照してみたが、今度は見方を変えて、16世紀に日本にやってきた宣教師の側からの言語認識の問題を見てみたいと思う。そのための手がかりとなっているのが、小鹿原敏夫『ロドリゲス日本大文典の研究 (和泉選書)』(和泉書院、2015)。16世紀末に来日したイエズス会司祭のジョアン・ロドリゲスが、1604年と1620年にそれぞれ著した日本語の文法書『日本大文典』と『日本小文典』について、同書はその文法項目の立て方や個別の文法問題などを中心に読み解こうとする労作。様々なトピックが扱われているが、今回はまず全体像を扱った第一章から、「主語」「主格」の話(ほかに大文典と小文典との文法記述の違いなどを扱っている)を扱った第二章までを眺めてみたところ。

まずロドリゲスは基本的に、ラテン語の文法書を参考に日本語の文法を説き起こしているという。その際に参照された当時のラテン文典として、アルヴァレス(ポルトガルの16世紀のイエズス会士)の文典と、ネブリハの文法書(15世紀末)があったと同書は述べている。そしてさらに、中世末期の思弁文法学というものが影響しているという。思弁文法学というのは、アリストテレス論理学にもとづいて文法学を解釈し直したもので、13世紀から14世紀中葉まで隆盛を極め、その後は唯名論の優位によって下火になった。けれどもその痕跡は、たとえば「主語(suppositum) – 述語(appositum)」という、もとは論理学の用語の導入などに残っているという。面白いのは、ロドリゲスのころには完全に下火だったにもかかわらず、彼がその「主語」概念を、伝統的ラテン文法の主格(nominatiuo)概念とやや混同しつつも(形式的主格と、意味的な主語との取り違え)、とりあえず用いていること。その意味でロドリゲスは、準拠していたアルヴァレスやネブリハの文典を逸脱してしまうわけなのだが、同論考ではそれを、ロドリゲスの思弁的文法学への理解不足、あるいは彼以前の宣教師たちからの影響でロドリゲスが思弁的文法学を持ち出しているだけでは、というふうに解釈してみせる。けれども、たとえばそうした逸脱を突きつける異質さが日本語にあったということなのではないか、といった設問も可能なのではないかと思う。そうしたアプローチを探っていけないかというのが、ここでの問題意識となる。もちろんすぐに深められるわけではないけれど、少しそのあたりを考えながら同書をゆっくり眺めていきたいと思う。

生得論か経験主義か

自然主義入門: 知識・道徳・人間本性をめぐる現代哲学ツアーチョムスキーがかつて提唱した普遍文法の思想的射程というのはなかなか広範で、全体としては科学に立脚する自然主義を哲学の領域にまで浸透させる一助となったほか、そこに生得説をもちこんで定着させもした。けれども、自然主義そのものはよいとしても、それがときに生得説とイコールのように扱われることには、個人的にも違和感を感じたことがある。自然主義と生得説との繋がりは、必ずしも必然的ではないのではないか、と素人考えでも疑問に思う。そのあたりを改めて問うてみせているのが、植原亮『自然主義入門: 知識・道徳・人間本性をめぐる現代哲学ツアー』(勁草書房、2017)。入門書の扱いだけれど、全体としてなかなか刺激的な内容でもある。チョムスキーの言語観を受けて、たとえば道徳の普遍文法といったものを提唱する人々が登場し、倫理的判断が人間にもとより内在しているといった議論を展開する。この一派はそれなりに認知されて、一定の影響力をもつようになるわけだが、ある意味それは倫理的な判断がすべてあらかじめ内在しているという「強い」生得論をなす。一方で生得論の中にも諸派があって、たとえば生得的モジュールという考え方を採用する中庸な一派もあったりするという。いずれにせよ、そうした議論に対して、経験主義の人々が対立する。彼らは、生得的な部分を最小限に留め、基礎的な感情や汎用の学習メカニズムのようなものに縮小し、道徳的価値観がそこから経験を通じて発達すると考える。

こうした生得論vs経験主義の構図は、なにも倫理の問題に限定されてはおらず、心理一般にまで拡大される。科学的な知見からは、生得論的なものが圧倒的に有利になるかに思われた。けれどもここで著者は、むしろ経験主義の巻き返しについて言及していく。心理的なものが経験を通じて発達するという議論においてとりわけ弱点となるのが、抽象概念の獲得についての説明だというが、近年の人工知能の深層学習などを見るに、汎用学習メカニズムの実質として「統計的学習」の可能性が浮かび上がってくるのだ、と著者は言う。もしこれがそうした抽象概念の獲得、あるいは言語の習得について十分な説明を担いうるなら、道具立てのシンプルさにおいて、それは生得論に勝ることにもなる……と。なるほど両者のせめぎ合いの尺度の一つとして説明的合理性を競う面があるのは確かだ。けれども結局はどちらも推論・仮説同士をぶつけ合うほかなく、著者も言うように、どちらか一方の全面的勝利は期待できそうにないという印象も強い。それもあって、同書の終盤では、生得説と経験論の融合の試みがまとめられている。とりわけ中心的なものとして紹介されている二重プロセス論(人間の認知を、システム1、システム2のプロセスからなるものと考える立場。デュアルモードカメラに喩えられているのがなかなか愉快だ)の仮説は、それはそれで問題含みな気もするものの、一つの仮説の立て方としては興味深いものがある。

地下茎の思想再び

人はなぜ記号に従属するのか  新たな世界の可能性を求めてドゥルーズとの共著はともかく、単著については多少とも食わず嫌いだったフェリックス・ガタリ。けれども最近、改めて少し詳しく眺めてみてもよいかもと思うようになった。意外にそれがリアルポリティクスの諸相をうまくすくい取れているかも、という話を耳にしたからだ。とりあえず邦訳で、ガタリ『人はなぜ記号に従属するのか 新たな世界の可能性を求めて』(杉村昌昭訳、青土社、2014)を眺め始めているところなのだけれど、考えていた以上に、確かにそんな印象もある。原書は2011年刊だというが、実は70年代後半、主著『分子革命』後に書かれた原稿なのだそうで、内容的にも主著と重なっているようだ。ガタリの基本的・理論的なスタンスは、精神分析において家族などの固着的な図式に則って解釈されるリビドーの議論を批判するところから始まる。本人はその批判的な言説を「証明」と称してはいるものの、もちろんそれは仮説的な話でしかない(そのあたりで、すでにして批判的な読者も当然出てくるだろう)。けれどもその批判は広範に敷衍されていき、そのあたりが最初の読みどころにもなっている。リビドーの動きはもっと不定形なものとして、一種機械のごとくに自動的に産出されるだけではないかということをガタリは確信している。そこから諸々の発現形(欲望の、あるいは記号・表象の)がいかに構築され、リビドーの経路を誘導していく・方向づけていくのかを分析しようとするというわけだ。したがってその発現形の分析は、固着した構造の分析とは抜本的に異なるし、領域横断的なものにならざるをえないほか、きわめてリアルなものに接近せざるをえない。ガタリは構造主義が扱うような構造体を「樹木<ツリー>状」と捉え、領域横断的な自身の分析をその「地下茎<リゾーム>」に喩えてみせる(この点から、ツリー対リゾームという構図だけを取り出して批判するのも、また的を外していることがわかる)。

また、そうした発現形はいずれにしても無垢というわけにはいかず、かならずなんらかの緊張関係・権力的関係を内包している。それは資本主義が課す社会的機構だったり、日常的なミクロの権力だったりする。外装(装備)としてのツリー的な構造体を、地下茎的なアプローチで批判的に分析するなら、そうした関係性を浮かび上がらせずにはいないはずだ、とガタリは主張する。精神分析を批判的に取り上げてリゾーム的な分析を提唱する理論編以上に、こうした社会的なものへの言及箇所のほうが俄然面白くなってくる印象だ。ガタリはどこかつねにジャーナリスティックなのかもしれない。もちろん、たとえば西欧の近代の萌芽を、中央集権化していた古代からの諸制度から、それに代わる脱領土化したキリスト教の組織化・社会的分節化が進んでいく11世紀に見ているところなども、大まかな捉え方ながら興味深くはある。それが貨幣経済・資本主義の流れの発端に位置付けられている(もちろんそこには異論もあるだろうけれど)。さらに後の歴史についても様々に言及されている。けれども、やはり白眉は70年代ごろの社会現象への批判に切り込んでいくところ。それは今現在の問題とも様々な面で重なり合う。たとえば「国家権力のあらゆる具体的表現」に抗しうるには、「労働運動やあらゆる種類の少数派民衆運動を麻痺させる官僚主義的構造を同時に”解体する”ことが前提条件」になるとの指摘や(p.109)、報道機関に関して、それらが「<擬似出来事>を発表して、多くの読者・観客の視覚的歓声を操作することだけが目的」(p.134)なのだと喝破したりするところとか、68年の革命後の「リベラル保守の政治家やテクノクラート」の「小心翼々たる改革案」が、プチブルの最も保守的な層向けにすぎず、「左派と右派に対抗する<近代派>」を自称しながら、旧来のものよりいっそう抑圧的な装備を施したことを蕩々と述べているところとか、今読んでも(あるいは今だからこそ?)身につまされるかのようだ。

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