異教的要素の受容という点には、このところ個人的にも関心が高まっている。で、そんなわけで中世の占星術的魔術書といわれる『ピカトリクス』の仏訳本(“Picatrix – Un traité de magie médiéval”, trad. B. Bakhouche et al., Brepolis, 2003)を読もうと思っているところ。まずは訳者らによる序文にざっと眼を通すが、すでにして興味をそそられる。『ピカトリクス』はむしろルネサンス期にもてはやされた書だけれど、ラテン語版が成立したのは1256年とか。逸名著者によるアラビア語のテキスト(Ghâyat Al-Hakîm:『賢者の目標』)がスペイン語に訳されて、そこからラテン語が作られたのだという。いずれの訳者も不明で、二度の翻訳を挟んでいるせいか、もとのアラビア語版とはかなりの違いが出ているらしい(仏訳本はラテン語ベース)。すでにして翻訳の問題が絡んでくるわけか。内容的には魔術の理論面を扱うものらしく、術を行うものが高い教養(哲学的な)をもっていないければならないという倫理的スタンスが強調されるという。また、術に関係する占星術・天文学的知見はプトレマイオスに準拠しているようだ。
ホセ・ミゲル・モレーノのテオルボ演奏によるロベール・ド・ヴィゼーを聴く(R.de Visee: Pieces de Theorbe / Jose Miguel Moreno)。久々にホセ・ミゲル節炸裂という感じ。1995年の録音の再版だけれど、この独特の音色、間合いとテンポ、絶妙な崩し具合(笑)は、ほとんどマネできないような妙技かも。そう、下手な奏者がマネするとすぐさま曲が崩壊してしまうようなきわどい技という感じ。曲にノレないとこれはつらいが、馴れてしまうと(そのことが良いか悪いかはともかく)曲全体としてどこか静謐感のある落ち着いた感触になる(笑)。うーむ、次元が違うので演奏のお手本にはならないが、こういう演奏を好む人もいるはず。用いられている楽器は独奏用にDチューニングにしたテオルボなのだそうで(普通の伴奏用はAチューニング)、通常よりも明るい音色になっているそうな。収録曲はというと、組曲ト長調と組曲ハ長調の合間に「リュリ氏のアルルカンのシャコンヌ」などリュリ絡みの標題作を入れ、最後にクープラン絡みの標題作で締めくくるという構成。
ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』で重要なアイテムとされたアリストテレスの『詩学』第二巻。喜劇を扱ったとされるその失われた書を再現しようなんていう研究も、実際にあったことを遅ればせながら最近になって知る。うーむ、前半を中心にざっと目を通してみただけだけれど、これはちょっと驚き。リチャード・ジャンコ『アリストテレスの喜劇論』(Richard Janko, “Aristotle on Comedy – Towards a Reconstruction on Poetics II”, Duckworth, 1984-2002)というもの。パリのコワスラン・コレクションなるものにあった「Tractatus Coislinianus」という写本(現在はパリ国立図書館所蔵とか)が、どうやらその失われた第二巻に関連したなんらかのテキストの写し(第二巻そのものではなく)なのではないかということで、同じテキストの異本を突き合わせ、さらにほかの著者らによる第二巻の引用・証言などを照合して、内容・構成の両面から考察し、さらに勢い余るかのように、アリストテレス『詩学』第二巻のありうべき「復元」をも試みるというもの。限られた資料からの、これが果たして最適解なのかどうかは不明だけれど、なにやら壮大な意気込みだけは伝わってくる(笑)。ここまでが前半。後半は復元後のテキスト註解に当てられている。ちょっとこの本の評価とかも知りたくなった。