iPod Touchで古典を読みたい(その2)

うーむ、ちょっと風邪ぎみ……。午後から夕方はダウン。

で、今ごろのそのそとiTunes Storeを見ていたら、なんと、Greek-English Lexicon
iconというのが出ているではないか!有料アプリだけれど、これは即買い(230円)。1924年のLiddle & Scott(パブリックドメインなんですね)をもとにした古典ギリシア語 – 英語の辞書。iPod Touchで使うと、検索語の入力用にソフトキーボードがギリシア文字で出る。なかなかいいねえ、これ。表示とかは普通……というかちょっと見づらい感じも。でもこれで、出先でギリシア語本読むときには重宝しそうだ。うん、なんか元気出てきた(笑)。

Monkey Business

Monkey Businessちょっとうっかりしていたのだけれど、先日、出先の駅近くの書店に平積みになっているのを見て購入した、柴田元幸責任編集の『monkey business vol.3.5』。vol.1が良かったので続けて買おうと思っていたのに、すっかり忘れていた(苦笑)。例によって岸本佐知子の「あかずの日記」はむちゃくちゃ可笑しい。電車の中で開いて、笑いをこらえるのがしんどいほどだった(近くにいた乗客がもしこちらを見ていたとしたら、顔を引きつらせているおっさんをきっと不気味がっていたことでしょうね)。寄稿している川上未映子とか川上弘美とか、なんだかとても「異世界」な文章の書き手たちが集まっている感じで、その変な違和感こそがこの雑誌(?)の最大の持ち味かも。なんでvol.3.5なのかと思っていたら、サリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』(柴田訳)で丸一冊仕上げたのがvol.3だったのね。こちらは取り寄せて読んでいるところ。うーん、実に変な味わいの、これまた微妙な「踏み外し感覚」がずっしりくる短編がずらりと並んでいる。『ナイン・ストーリーズ』は初めて読むのだけれど、なるほど新潮文庫版(野崎孝訳)もあるのか。

断章3

sarcofago_di_plotinoポルピュリオスの『命題集』こと「知の起源」(ΑΦΟΡΜΑΙ ΠΡΟΣ ΤΑ ΝΟΗΜΑ)をなんとはなしに見ていくシリーズ(笑)。

τὰ καθ᾿ αὑτὰ ἀσώματα, οὐ τοπικῶς παρόντα τοῖς σώμασι, πάρεστιν αὐτοῖς ὅταν βούληται, προς αὐτὰ ῥέψαντα ᾗ πέφυκε ῥέπειν· καὶ τοπικῶς αὐτοῖς οὐ παρόντα, τῇ σχέσει πάρεστιν αὐτοῖς.

その非物体は、物体に対して場所的に(空間的に?)は現れないが、物体のほうへ下ろうとする潜在性があって、下ろうと望むときには、物体に対して現れる。また、物体に対して場所的には現れないが、物体に見合う形でなら現れる。

クロマニョン・サウンズ

瞑響・壁画洞窟少し前に旧ブログのほうで取り上げた土取利行『壁画洞窟の音』(青土社)。レ・トロワ・フレール洞窟の訪問を軸とし、壁画洞窟そのものが巨大な「楽器」(共鳴装置としてのリトフォン)をなしていたのではないかという仮説を紹介し、その演奏の体験記などが綴られていたのだが、クーニャック洞窟でのその同氏の実演を収めたCD、『瞑響・壁画洞窟–旧石器時代のクロマニョン・サウンズ』(VZCG-687)をようやく聴く。すべてオリジナルの各曲は、石を木や指で叩くとか、骨笛や鼻笛を一定間隔で鳴らすなどの、リズムのみを前面に出したミニマル・ミュージック的なもの。環境音楽的に楽しめる。うーん、でも、音の高低などでの反響の違いとかはどうなんだろうなあ、と思ったりもする。おそらく原始的な音って、もちろん反復動作もあったろうけれど、動物の鳴き声とかを真似て再現しようとするようなものだったりもしたのでは、と思う。そういう声その他の音を取り入れたパフォーマンスも聴いてみたいなあ、と。ま、ともかくうちの再生装置は貧弱なので、洞窟内の雰囲気も再生でいていないほどなのだが(苦笑)、一応これはSHM-CDという、素材的に改良したCDなのだとか。ライナーノーツは土取氏のインタビューで、上の書籍の部分的なエッセンスがまとめられている感じの話になっている。

偽ディオニュシオスとトマス

メルマガの方でちょっと触れたのだけれど、トマスの場合には、新プラトン主義的な発出論を取り込んでいるとはいえ、どうもそれはアヴィセンナなどの逐次的構造の発出論とは違って、いっぺんに発出する、みたいな感じになっているとの指摘がある(『神秘と学知』長倉久子訳注、創文社、1996)。で、そのトマスのソースが気になったのだけれど、何気に目を通したフラン・オローク『偽ディオニュシオスとトマスの形而上学』(Fran O’Rourke, “Pseudo-Dionysius and the Metaphysics of Aquinas”, University of Notre-Dame Press, 1992-2005)に、どうやらそれが偽ディオニュシオス・アレオパギテースであるらしいことが記されている。そっか、やっぱりなという感じ。これまたメルマガに以前書いたけれど、偽ディオニュシオスとトマスの関係性はあんまり研究が多くない印象。その意味ではこれは貴重な一冊。最初の掴みこそいまいちだけれど、論が進むほどに引き込まれる感じ。偽ディオニュシオスのテキストを発出論として読むという視点は、うかつにもスルーしていた……(反省)。アヴィセンナ的な発出論はそれなりに構造として精緻化されていると思うのだけれど、偽ディオニュシオスあたりはもっと素朴というか直接的というか。そのあたりを取り込んで、アリストテレスなどとすり合わせているのがトマス、ということになりそうだ。

*↓深まりゆく晩秋の都内某公園その2

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