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silva speculationis       思索の森

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no.2 2003/03/01

今回は

------新刊情報----------------------------------------------

新刊情報が届いています。

渡辺 節夫編『ヨーロッパ中世の権力編成と展開』

東京大学出版会、2003年、ISBN:4-13-026122-3

\9,800

内容紹介では、「ヨーロッパ中世を『貴族・領主層の時代』としてではなく『王権覚醒の時代』と位置付け、その拡大・強化の具体的過程を政治・法理念、宗教思想、イデオロギーなどを各地域の具体的な時代状況とのかかわりにおいて検討する」と書かれています。個人的には、とくに宗教思想あたりとの関係が興味深そうに思えますが……。

------書評コーナー------------------------------------------

前回はミシェル・ザンクの小説作品を取り上げてみましたが、今回はコレージュ・ド・フランスでの講義を一部まとめた書籍をご紹介しましょう。コレージュ・ド・フランスといえば、誰でも一流の研究者たちの講義を聞ける、開かれた高等教育研究機関として有名ですが、ザンクは95年からその教授を務めています。

Michel Zink, "Le Moyen Age et ses chansons - ou un Passe en trompe-l'oeil"

Editions de Fallois, Paris, 1996.

前半を飾るのは、95年3月24日の開講講義です。ここでザンクは民衆詩と古詩を同一視する風潮はどこから来たか、という問題提起をします。中世文学において、過去の文学がたえず言及されるのは、それが後景をなしているからで、ここには過去と現在(詩作がなされた時点)との対立軸があります。同時に、宮廷での洗練された詩作と、より単純な詩作との対立軸もあり、これらが混同されることによって、民衆詩と古詩との同一視が形作られる、というわけです。しかしザンクの議論はこんなところでは終わりません。それは「刷新を正当化するために伝統をしつらえる」という、伝統社会なるものの人類学的考察にまで進んでいきます。

後半(こちらのほうが長いですが)は、この開講講義を受けての、同年5月の講義内容です。「民衆詩」なるものの受容の小史を、人文主義時代のモンテーニュからロマン派までたどり直してみることによって、ザンクは再び共時的な対立軸(複雑/単純)と通事的な対立軸(新/旧)の析出を、その政治的な利用(両対立軸において、「ピープル」の意味が変わっていくことなど)をも視野に入れながら示していきます。そして再び、モサラベに伝わる「Khardjas」という最古の詩が分析されます。恋する女性を唱ったそれらの詩句は、宮廷などで歌われていたような、当時の伝統的詩法での女性の扱い(欲望の対象としての)に対してきわめて斬新だといいます。ザンクの論によれば、中世文学は対立関係によって構成されており、かならずや自己の過去への言及がなされ、ひるがえって自己の斬新さが強調される仕掛けになっています。ザンクの視点の特徴の一つは、こうした自己言及性についての鋭敏な感性にあるかもしれません。とはいえそれは、どこか窮屈な視点という気がしないわけでもありません。この著書の場合、それが人類学的考察にいくらか言及されていますが、そこからこの自己言及性と対立構造の話を、より広い文脈に置き直すことは可能でしょうか。考えどころという気がします。

------文献講読シリーズ--------------------------------------

「コンスタンティヌスの寄進」その2

前回に続き、「コンスタンティヌスの寄進」に関わる『グラディアヌス法令集』の一節を見ていきます。今回はいわば各論部分で、全8項目ありますが、今回は最初の3項目です。例によって訳は粗訳です(必ずしも正確ではないものとご理解ください)。

Et infra: 1. Ecclesiis beatorum apostolorum Petri et Pauli pro continuatione luminariorum possessionum predia contulimus, et rebus diversis eas ditavimus, et per nostram imperialem iussionem sacram tam in oriente, quam in occidente, vel etiam septentrionali et meridiana plaga, videlicet in Iudea, Grecia, Asia, Thracia, Affrica et Italia, vel diversis insulis, nostra largitate ei concessimus, ea prorsus ratione, ut per manus beatissimi patris nostri Silvestri summi Pontificis successorumque eius omnia disponantur.

[1.祝福されし使徒ペトロとパウロの教会が光輝き続けるよう、われわれは所有していた地所を譲り渡し、様々な物品でその地所を豊かなものとした。われらが帝国の神聖なる命令により、われわれはその地所に、東西および南北の地、すなわちユデア、ギリシア、アジア、トラキア、アフリカ、イタリア、さらに諸島の財を、十分に考慮のうえ、惜しみなく委譲した。最上の祝福にあずかるわれらが父、教皇シルウェストルスおよびその後継者が、そのいっさいを手にするように。]

Et infra: 2. Beatro Silvestro Patri nostro, summo Pontifici et universalis urbis Romae Papae, et omnibus, eius successoribus Pontificibus, qui usque in finem mundi in sede B. Petri erunt sessuri, de presenti contradimus palatium imperii nostri Lateranense, deinde diadema, videlicet coronam capitis nostri, simulque frigium, nec non et superhumerale, videlicet lorum, quod imperiale circumdare assolet collum; verum etiam et clamidem purpuream, atque tunicam coccineam, et omnia imperialia indumenta; sed et dignitatem imperialium presidentium equitum, conferentes etiam et imperialia sceptra, simulque cuncta signa, atque banda, et diversa ornamenta imperialia, et omnem processionem imperialis culminis et gloriam potestatis nostrae.

[2.祝福されしわれらが父、司祭の長にして世界とローマの教皇たるシルウェストル、ならびに世の終わりにいたるまでペトロの座につくすべての後継者には、本状をもって(?)、ラテラノ宮殿を、また、次いで王冠、すなわちわれらが長たる冠を、また同時に頭飾り(フリギア飾り)と肩あて、つまり皇帝が首から下げることが習わしの革ひもを、そして紫の外套と深紅のチュニカ、さらに皇帝としての衣服のいっさいを与える。また、騎兵を管理する者と同等の尊厳を、さらに皇帝のしゃくを、同時に紋章や記章のいっさいと各種の帝国の祭服、帝国における最高の行列ならびにわれらが力の栄誉とを与えるものとする]

3. Viris autem reverentissimis clericis in diversis ordinibus eidem sacrosanctae Romanae ecclesiae servientibus illud culmen singularitate, potentia et precellentia habere sancimus, cuius amplissimus noster senatus videtur gloria adornari, id est patricios atque consules effici, nec non et ceteris dignitatibus imperialibus eos promulgamus decorari. Et sicut imperialis milicia ornatur, ita et clerum sanctae Romanae ecclesiae omari decernimus. Et quemadmodum imperalis [sic] potentia offitiis diversis, cubiculariorum nempe, et ostiariorum, atque omnium excubitorum ornatur, ita et sanctam Romanam ecclesiam decorari volumus. Et ut amplissime pontificale decus prefulgeat, decernimus et hoc, clericorum eiusdem sanctae Romanae ecclesiae manipulis et linteaminibus, id est candidissimo colore, decorari equos, ita et equitare. Et sicut noster senatus calciamentis utitur cum udonibus, id est candido linteamini illustratis, sic utantur et clerici, ut sicut celestia ita et terrena ad laudem Dei decorentur.

[3.ローマ教会に仕える各種の修道会の聖職者のうち、最も尊敬すべきこの者が、単一の頂点、権限、優位を有することに、われわれは同意する。その栄誉は、われらの最も名高い元老院、つまり貴族であり執政官をもなす人々と同等であること、また、その他の帝国の要人らと同等に飾ることを、われわれは認知する。そして帝国の軍人が賞賛されるのと同じように、ローマ教会の聖職者もまた敬愛されることを、われわれは確認する。皇帝の力が、従者を始め、門番、あらゆる見張りにいたるまで、様々な職務によって飾り立てられているように、聖なるローマ教会もまた飾られることを、われわれは望む。教皇における飾り立てが最上の輝きを放つよう、ローマ教会の聖職者の所有する馬は純白の亜麻布で飾り、そのようにして乗馬するものとする。また、われらが元老院が山羊の毛皮で作った亜麻布のごとき純白の履き物を使用するのと同じく、聖職者たちもこれを使用し、天に仕える者も世俗のものも、神をたたえるべく飾るものとする]

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第1項目では地所が示され、ローマの地域的広がりも言及されています。第2項では教皇の衣服、第3項では装飾が問題となります。ローマの権力中枢たる元老院が引き合いに出され、それに負けないほどの威厳が与えられている、という次第です。ロレンツォ・ヴァッラは、これを偽書と断じる演説(これもHanover Historical Texts Project (http://history.hanover.edu/texts/vallatc.html)にあります)で、多岐にわたる論点の一つとして、東西南北といいながら、それに対応する地名が正確に呼応していない(イタリアにいる人はイタリアを西とは言わないし、トラキアは北よりは東だろうし、アジアは東全般のほか北も含んでいるetc)(pp.100-102)などと指摘したりもしています。また、服飾関係についても、たとえば頭飾り(phrygium)への言及が「コンスタンティヌスの演説と思わせたい異邦人のように聞こえる」と述べてみたり、肩当てを言い換えたも「革ひも」についても、「馬やロバじゃあるまいし」と辛辣です(p.106)。紫と深紅の色は、それぞれマタイとヨハネ(による福音書)から取ったものとのことですが、「福音書において両者が同じ色を指しているのに、なんで一つじゃ満足できないの」という具合です(p.106)。時代錯誤を糾弾する時のヴァッラは実に生き生きしているように見えますね。

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次回はさらにこの続きを見ていきます。



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