〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 silva speculationis       思索の森 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 <ヨーロッパ中世探訪のための小窓> no.192 2011/04/16 ------文献探索シリーズ------------------------ 預言者と偽預言者(その8) 引き続き、トマスの小著をいくつか見ていくことにします。底本とするの は、Belles Lettres刊のトマス・アクィナス仏訳アンソロジー、"Thomas Aquinas - L'astrologie, Les operations cachees de la nature, Les sorts" (trad. Bruno Couillaud, 2008)です。占星術についての書簡は 前回触れましたので、続いてほかのテキストも見ていきたいと思います。 まずは「占いについて」(De sortibus)という書簡です。占いやくじな ど、sorsで表される広義の予言全般を扱っています。 同アンソロジー本の解説部分によれば、この書簡は1270年ないし71年 に、トネンゴのヤコブスという人物に宛てて書かれたものとされていま す。この人物は1268年にヴェルチェッリの司教の継承者に推挙されなが ら、司教座参事会の一部しか賛同せず、ペンディング状態にあったようで す。教皇庁もなかなか介入しなかったことから、痺れを切らした参事会員 らが、占いに諮ろうとした可能性があるのだとか。そうした背景において この人物が、司祭時代に知己を得ていたトマスに、占いについての見解を 求めたのかもしれないという話です。 占いと一括りにされていますが、目的だけをとってみても、職務や所有の 配分を決めるものから、未来の予見についてのものまで様々です。ただ、 いずれにしても、それが人知を越えるものを知ろうとする試みだという点 では共通しています。そうした概況を述べた後、トマスは形態別にそれを 分類してみせます。まずは人知を越えた存在からのお告げ。これは、選ば れた者だけに告げられる神の預言と、魔術師が悪魔に求めるお告げとに分 かれます。次に何かを徴として用い、隠された知識を得ようとする試みが あります。これは星辰の動きをもとにする占星術、動物の声などを手がか りにする占い、誰かの言葉や行為を前ぶれとして理解する占い、手相など の形状を参照する占いなどに分かれます。ほかに、なんらかの行為を起こ し、その結果を見て判断する卜占もあります。アラブで行われる土占い、 壺占い、賽子占いなどがその例です。 トマスは次いで、占いの効果はどこから生じるのかと問いを発します。こ こで、前の占星術批判で示された議論が再び繰り返されます。まず、人間 的な現実はいかなる上位の権威によっても支配されていない(だから占い も無意味)という立場は、いきおい無神論を招いてしまうと批判します。 現実は星辰の必然によって支配されているという立場も、やはり批判され ます。議論の中身は基本的に、前回も見た占星術批判と同じですが、 一 つ加わっているものとして、物体的なものが非物体的なものに影響を与え ることはできないという議論があります。星辰のような物体が、人間の知 性という非物体に影響を与えることはないというのですね。また同じく人 間の意志も、トマスの議論では知性の中に住まうものとされていて、星の 動きがそれを左右することはできないと断じられています。 感覚は左右されるのでしょうか。それについてもトマスの答えはノーで す。身体的・感覚的な部分は星の運行によって大まかな傾向が作られると いう点は認めても、そこで生じやすくなる感情の起伏などを、人間は理性 の力によって抑圧でき、結果として星の作用が必然をもたらすことはない としています。その一方でトマスは、理性によって感情を支配できる人間 は限られているともいい、かくして占星術は(全体的傾向についてなら) 正しい予言をなすこともある、とも述べています。さらに、土を投げてそ のパターンを読むという土占いなどの場合も、投げる者も読む者も理性的 判断を介在させない点が特徴的なのだということを指摘しています。総じ て、占いは理性外の営為だと括られています。 ここから、神学的な議論を絡めた知性論が展開します。宝を掘り当てるな どは偶発的な事象でしかないわけですが、知性は事象を統合して理解しよ うとするため、そうした偶発的な事象も予め秩序に組み込まれているかの ように理解されます。つまり上位の知性によって秩序づけられている、と いうわけですね。上位の知性とはつまるところ神ということになります。 秩序づけとは支配ということですが、これはなにも事象に限ったことでは なく、人間の知性や意志もまた神の恩寵の賜物である以上、人間的事象は 人間のみが支配するのではなく、神によっても支配されていることにな る、と。かくして、神の恩寵によって定められていることからすれば、占 いによってそれを知ろうとすることも一見有効であるかに見える、という わけです。 しかし、とトマスは言います。すでに占星術論でも述べられていたことで すが、神による支配においてはなんらかの霊的存在(天使など)が用いら れる場合があることに留意せよ、と警告します。つまり神は、恩寵を下す に際して天使のほか悪魔を用いることもあり(目的によっては暴君などを 利用することもあるのと同様)、結果として悪魔がそれに乗じて人をたぶ らかすこともある、というのですね。また、人間の側から人外の事象を探 ろうとすれば、かならずやそれらが介入するとして、占いに対する警戒を 説いています。ここでもまた、自然的事象に関してはともかく、人間的事 象についての占いは悪しき行いに帰着するとされています。 (続く) ------文献講読シリーズ------------------------ ペトルス・ヨハネス・オリヴィの質料論を読む(その8) 今回は最初の異論への反論部分の続きです。さっそく見ていきましょう。 # # # - Si autem aliud sensit Averroes, non curo, quamvis verba eius satis possint ad hoc trahi. Sicut enim in Deo dicuntur esse plures rationes et tamen per hoc non intendimus significare aliquam pluralitatem essentialem, sic et in materia dicuntur esse plures potentiae propter hoc solum quia ipsa est per suam essentiam possibilis ad plures formas absque omni diversitate reali, non intendentes per hoc significare nisi solam pluralitatem rationum realium. Et hoc forte voluit dicere, quando dixit quod est una secundum subiectum et plures secundum habilitates, hoc est, secundum modos se habendi quibus se habet per modum possibilis ad plures formas recipiendas. / Et sic etiam potest exponi quod Aristoteles videtur dicere in III Physicorum, quod scilicet alia est potentia ad sanitatem vel dealbationem, alia ad aegritudinem vel denigrationem; alias contradiceret sibi ipsi in alio loco ubi sit quod una est potentia contrariorm; quamvis possit dici quod Commentator non loquitur de potentia remota, sed de potentia propinqua quae alio nomine dicitur potentia disposita; unde et praemisit quod quodlibet fit ex potentia propria; quin autem de ista sit sentiendum in tertio argumento tangetur. しかしながら、仮にアヴェロエスが別様に考えたとしても、私は気に留め ない。一方アヴェロエスの議論は、十分にこの議論に引き寄せることがで きる。神のもとには複数の理があると言われても、私たちはそれが何らか の本質の複数性を意味するとは見なさない。同様に、質料はその本質にお いて複数の形相に対する可能性をもつ−−とはいえすべての違いが現実に はならないが−−という理由のみによって、質料のもとには複数の可能性 があると言われても、それで意図される意味とは、ただ現実の理における 複数性にすぎないのである。アヴェロエスが「質料は基体としては一つで あり、適性としては複数である」と述べたとき、彼が意図していたのはお そらくそういうことである。(「適性として」とは)つまり、複数の形相 を受け取る可能性においてみずからが振る舞う、その振る舞い方として、 ということである。 また、アリストテレスが『自然学第三巻』で述べていると思われること も、同じように解釈できる。彼は、健康への可能性や白化への可能性と、 病気への可能性や黒化への可能性は当然異なる、と述べているのである。 さもないと、逆のものに対する可能性は一つであるとしている別の箇所に 矛盾することになるだろう。とはいえ、注釈者(アヴェロエス)が述べて いるのは遠隔的な可能性についてではなく、「配置された可能性」という 別称でも呼ばれる近接的な可能性についてだと言うこともできるだろう。 ゆえにアヴェロエスは、どのようなものもおのれの可能性から生じている ということを、前提として示しているのである。この点について論ずべき ことは、三番目の議論で触れることにする。 # # # 以前もスコトゥスとの関連で触れましたが、フランシスコ会派とアヴェロ エス思想の関係というのは実は結構微妙かもしれないという感触がありま す(笑)。ラ・ロシェルのジャンなどに見られるように、アリストテレス 思想そのものは比較的早い段階に入ってきていて、それなりに影響を受け た人たちもいるようなのですが、その後はボナヴェントゥラのアウグス ティヌス思想への回帰が前面に出、アリストテレス思想は哲学的思索の中 で後景に回ってしまいます。アヴェロエスも、批判対象として取り上げら れる場面が多い印象ですが、それでも、そこに微妙な親和性が映し出され ていたりします。オリヴィのこの箇所などは、そうした事例の一つかもし れません。 復習しておくと、オリヴィは「質料には複合体の数だけ可能性があるので はなく、複数化する理がある」ということを述べていたのでした。底本に している羅仏対訳本の注によれば、ここでのアヴェロエスの議論というの は『天球の実体について』(De substantia orbis)第一章のものとのこ と。この『天球の実体について』は、ヘブライ語の校注版&英訳本が Cambridgeから1986年に出ています。幸い手元にありますので、この 英訳部分を少しばかり見ておきたいと思います。で、その第一章ですが、 地上世界にあるものの実体の変化についてアリストテレスは、変化を受け 入れる基体(subject)の存在と、その基体に可能性があらかじめ備わっ ていることとの、二つの前提が必要だと考えていたと記されています (pp.47-48)。 アヴェロエスがここで基体と称しているのは第一質料のことです。続く部 分では、基体それ自体が形相をあらかじめもっていたのでは、それを破壊 でもしないかぎり別の形相を受け入れることができないとして、その第一 質料の本質は可能態でなくてはならないと論じています(p.57)。さら に続く箇所では、質料が受け取る別の形相(前の形相を破壊して置き換わ る形相)は前の形相に相反するものでなくてはならず、一方でその相反し 合う形相同士は類似したものでなくてはならない、と述べています(p. 58)。さらに、基体は固有の形相をもたないが、可能性としては異なる (個々の)形相に適用しうるだけの違いを受け入れることができる、とし ています(p.59)。 質料側がすでにしてなんらかの限定を受けていなくてはならないとするオ リヴィにとっては、これはそのままでは受け入れられない議論にも見えま すね。ですが、その後でアヴェロエスは、「基体はまず、分割可能で潜在 的に多であるような非限定的な三次元を受け取る」と記しています。「そ うした三次元があってはじめて、それと同時に異なる形相を受け入れるこ とができる、ただしその形相は一度に一つずつのみが存在できる」(p. 60)。この非限定的な三次元という部分(トマスの質料論を彷彿とさせ ますが)を、おそらくオリヴィなら一種の限定性という形で読み込んで、 みずからの質料論に限りなく近づかせることができそうに思えます。まさ に「引き寄せる」ですね。その意味で、ここはなかなか興味深い箇所だと 言えます。 同書の第一章では、アヴェロエスは「遠隔的」可能性と「近接的」可能性 については論じていません。そちらの出典はどうやら『形而上学』の注解 のようですが、これは残念ながら確認できていません。さしあたりこの箇 所では、質料はおのれに適した一つの形相から離れたほかの形相を受け取 らないとしており(p.65)、まさに個物が「おのれの可能性から生じて いる」ことが示唆されています。 *本マガジンは隔週の発行です。次号は04月30日の予定です。 ------------------------------------------------------ (C) Medieviste.org(M.Shimazaki) http://www.medieviste.org/ ↑講読のご登録・解除はこちらから ------------------------------------------------------