すっごく遅ればせながら、小野正嗣『にぎやかな湾に背負われた船』(朝日文庫、2005)を読んでみる。どこぞで面白いという話を聞いたもので……(苦笑)。で、なんかこれには軽い衝撃を受ける。表題作ともう一作の合本だけれど、やはり表題作がすごい。どこぞの海辺の集落を舞台にし、老人たちのくっちゃべりなど、昔の田舎にならどこにでもあったような風景の中が描かれていくのだけれど、徐々にかなり不条理な非日常が顔を出し、昔語りの重層性から、かつての集落の恥ずべき記憶などが浮上してくるという、とても凝った作品。なんだか、懐かしい旋律を追っていたら、徐々に対位法的に別の音型が混じってきて、気がつくとまったく別の音楽を聴いていた、みたいな感じに近いものが。うーん、田舎の土着性の泥から結晶のような物語が引き出されるとは……。それにしても、この国の田舎的な均質性って一体……なんてことも改めて思う(笑)。