「正統派をめぐる戦い」5 ダマスキオス(了)

第6章はダマスキオス。イアンブリコスはポルピュリオスの主知主義を批判していたというけれど、その衣鉢を継ぐダマスキオスは、やはり当時隆盛だったというプロクロスに敵対することになる。ダマスキオスにとってプロクロスは、イアンブリコスの形而上学を歪曲した上で正統派として示しながら、それをイアンブリコスの正真正銘の教えとして示した悪しき輩だったという(やはり主知主義的で、明解さを信条とする立場を取っていた)。ダマスキオスはイアンブリコスのポルピュリオス批判を継承する形で、真正のイアンブリコス像を打ち立てようとして、プロクロスとの長い対話に入り、相手の批判を繰り返すことになる。

しかしながらこうした先人への感情移入がまねく、本人の神学的な否定性のせいで、ダマスキオスは当時から大変不人気だったという。イアンブリコスの後継者と見なされていたのはプロクロスのほうで、その一派の間ではイアンブリコスの著作そのものではなく、その明解な注釈書が読まれていたという。そのせいもあって、イアンブリコスの著書は顧みられず、すっかり失われてしまうことになった、と著者は指摘している。もちろん、それにはキリスト教による異教の書の焚書も関係しているらしい。第7章では、そのあたりの全体的な状況がまとめられているけれど、どうやらキリスト教の台頭を、プラトン主義陣営が総じて軽く見ていたという事情もあるらしい。それでもプロクロスなどはそうしたキリスト教の隆盛に危機感を抱き、その状況を打破しようとしていたらしい……。

こんな感じで、プラトン主義の四人を通じてその思想圏の変遷をまとめたのが、このアタナシアーディ『後期プラトン主義における正統派をめぐる戦い』だけれど、キリスト教の台頭といった大きなうねりの中で、もっと小さな分派的抗争が繰り返される様などは、やはり今に通じる変わらぬ営み・動向なのだなあ、としみじみ感じさせてくれるものがある。シンプリキオスやピロポノスといったさらに後の世代についても、そういった動きから捉え直してみたいような気がしてくる。