これは論文ではなくて研究紹介記事なのだけれど、オルトラン・フーバー「中世の中国におけるイスラム系天文学」(Ortrun Huber, Islamic Astronomy in Medieval China, Insight LMU, Issue 2, 2010)という短文を面白く読んだ。これは主にベンノ・ヴァン・ダレンという科学史の研究者が取り組んでいる、中国の元の時代に見られたイスラム天文学の伝播についての研究を紹介したもの。元の時代である1271年に、フビライは北京にイスラム式の天文台(回回司天台)を設置し、イラン出身の天文学者ジャマールッディーンがその初代の長を務めた。中国式の天文台(司天監)も併存していて、ジャマールッディーンは後にその両方を監督する立場になったいう。回回司天台は40人ほどの職員を擁し、イランから持ち込まれたかもしくは国内で復元された観測機器を用いて天体観測を行っていたらしい。アーミラリー天球儀や各種の日時計など、中国でそうした機器が使われていたことはマルコ・ポーロの記述にもあるそうだ。当時の成果はというと、もとの記録こそ失われているものの、ペルシアやアラブの写本、あるいは中国の文献から再構築が可能なのだとか。中国の文献としては、続く明の時代に翻訳されて流入した天文学書があり、最も重要なものは『回回暦法(Huihui lifa)』だとされる。もとはペルシアに由来する天文学のハンドブック(zijes)だそうで、ほぼすべてがプトレマイオスの『アルマゲスト』に準拠しているという。ほかに1366年にモンゴルの総督に仕えたとされるアル・サンジュフィニという天文学者が記した暦法の書もあるようなのだけれど、この二つの中国の文献がいずれも共通の文献を参照している可能性があるといい(数学的な内容などから推測されるらしい)、それはフビライ時代に回回司天台に務めていたムスリム系の天文学者の手によるものなのではないか、と。いや〜、このあたりの話はなかなか興味をそそるなあ(笑)。まとまった研究成果をぜひ見てみたいところだ。
ちなみにそのヴァン・ダレン氏、2014年刊行予定の論集も控えているらしい。
Islamic Astronomical Tables: Mathematical Analysis and Historical Investigation (Variorum Collected Studies Series)
あと、参考文献も(やはり価格に泣く……)
こちらぐらいなら……