少し古めの本だけれど、ヴェスコヴィーニ編『14世紀ヨーロッパにおける哲学、科学、占星術:パルマのブラシウス』(Filosofia, scienza e astrologia nel Trecento europeo. Biagio Pelacani Parmense, ed. G. Federici Vescovini, Il Poligrafo, 1992)という論集を見ている。これは小著ながら、錚々たるメンバーが執筆陣になっていて読み応えも十分だ。基本的に、編者ヴェスコヴィーニの業績の一つでもあるパルマのブラシウスの再発見を中心に、科学史的な観点で同時代(14世紀)の様々なトピックが綴られている。というわけで、まずはその編者による一本「パルマのブラシウス:近代黎明期における哲学、占星術、科学」を読んでみた。ということで以下はメモ。ブラシウスは基本的に世俗の学問の教師で(パドヴァ大学で数学を教えていたほか、パヴィア大学、ボローニャ大学でも教鞭を執っていた)、医学、光学、天文学(占星術)なども講じていたとされる。占星術はその当時、超自然的な現象を合理的に説明するための手段にもなっていて、いわば「自然学に宗教的な概観を与え」ていた。それを反映してか、ブラシウスの講じる占星術は数学・自然学的なものだったようで、天体などは神的なものとは見なされず、あくまで運動の計算対象、自然学的な対象と捉えられていたという。人間についても、ブラシウスはそもそも自然学的な本性と霊的な本性の区別を認めず、あくまで自然的なものとして捉えているのだそうで(医学的な発想が色濃く出ているということか)、「知性」にしてからが、天球の配置の影響のもとで質料の潜在性によって導かれたり引き抜かれたりしうるものと考えられていた。ここには、魂のような上位の霊的形相すら天空の影響によって質料から自然発生しうるのだという革新的な考え方があり、それが1396年の糾弾に繋がったのだという。
ブラシウスは、魂の不滅が合理的に論証できないとしたポンポナッツィの先駆とも見なされるけれど、それ以外の諸学(数学、自然学、光学)での功績も、とりわけ当時のフィレンツェの芸術家や学識者などに多大な影響を与えているという。とくに同論考で取り上げられているのが、後のルネサンス期の透視図法を導く空間の捉え方だ。透視図法は三次元の事物の形象を視覚的距離にもとづき配置するというやり方だけれど、ブラシウスは、人が見る対象物の大きさは目からの距離によって決定づけられているという心理=視覚的な考え方を、1380年から90年ごろにかけて練り上げているらしい。しかもそれは、芸術家たちなどからすぐに大きな反響をもって受け止められたという。さらにブラシウスは、人間の理性的活動はすべて視覚的操作を伴っているとして、知的霊魂は全面的に視覚的霊魂に帰着するといった考え方すら示しているのだとか。うーむ、これはまた凄いことになっていそう(笑)。個人的には霊魂論で注目していたブラシウスだけれど、このあたりの光学・数学の議論も面白そうだ。ぜひとも実際のテキストで見てみたい。