身体ケアから隠修共同体へ

禁欲のヨーロッパ - 修道院の起源 (中公新書)佐藤彰一『禁欲のヨーロッパ – 修道院の起源』(中公新書、2014)をざっと読み。新書とは思えないほど情報が詰まっていてボリューム感に富んでいる一冊。全体として見渡すと、タイトルの「禁欲のヨーロッパ」よりは副題の「修道院の起源」のほうに重きが置かれていて、ややミスリードな感じがしなくもない。ま、それは些末なことにすぎないのだけれど(苦笑)。前半は確かに古代世界の身体ケアの文化史が中心。精神の自由を支えるための古代ギリシアにおける欲望の統制はローマの支配層にも受け継がれ、医学的知見こそそぎ落とされつつも、欲望の節制と食養生を主とする生活規範になっていく。その一方で女性においては、著しく不利な婚姻制度ゆえに、欲望の統制ならぬ欲望の否定が広く浸透していく。このような二重の禁欲的土壌の上にキリスト教の隠修士たちの修行実践が広がっていったというのが話のメインストリーム。個人的に興味深いのは、ローマ時代において「禁欲修行に必要な著作の普及に、貴族層に属する教養ある女性が縁の下の力となって支えた」(p.84)というあたりの記述。文脈は違うけれど、イスラム教においても、その初期段階での普及に女性たちが貢献したという話があり、ちょうど、クルアーンの筆写・編纂においてハフサ(ムハンマドの四番目の妻)がどのような貢献を果たしたかという研究論文が出ているという話を目にしたばかり(Was a Woman the first editor of the Qur’an?という記事を参照)。女性の存在・役割はなかなか前景化しないものの、その重要性はやはり侮れないのだなあ、と改めて。

で、上の本に戻ると、後半は西方の修道院にまつわる話が中心。東方で成立した修道制がいかに西漸していくかから始まって、病の治癒にまつわる異教時代の「場所」の信仰から治癒者としての聖人崇敬への移り変わり、そうした代表格としての聖マルティヌスが敷いた修道院、それとは別筋(いわば東方系)のサン=ヴィクトール修道院(レランス修道院)、修道院を統括する司教権力の確立などが、章ごとに取り上げられている。同書は中世に立ち入る一歩手前までを扱っているわけだけれど、同書が取り上げている修道院にまつわる諸テーマは、もちろん後々まで命脈を保っているわけで、当然そうした史的展開もぜひ読みたいところ……と思っていると、あとがきで続編が予告されているではないの!これはまた楽しみだ。