久々だけれど、ダニエル・アラスの美術史本を読み始める。『イタリアの受胎告知−−パースペクティブの歴史』(Daniel AraseL’Annonciation italienne Nouvelle Édition: Une histoire de perspective, Éditions Hazan, 1999-2010)。まだほんの冒頭部分だけれど、すでにしてとってもエキサイティング。フラ・アンジェリコの『受胎告知』のような、画面の左と右にガブリエルとマリアを配した受胎告知図について、その成立から後の展開までを追うというもののようだけれど、多数の受胎告知図が収録されていて、それだけでも見る価値があるというもの。成立については、他の画家の着想源となった失われた「プロトタイプ」があるのではないかという話が以前からあり、『芸術家列伝』のヴァザーリによれば、マサッチオ(1401-28)が描いたサン・ニコロ・オルトラルノ教会の≪受胎告知図≫が嚆矢だとされるものの、これは失われているらしい。近年の見解として、マサッチオというのはヴァザーリの誤りで、実はマゾリーノ・ダ・パニカーレによるものだったのではないかという説もあるのだとか。けれどもその説にも諸処の問題点(ヴァザーリの記述との齟齬など)があるといい、一方でアラスは、マサッチオが描き、ヴァザーリの記述にも呼応する絵が、ローマのサン・クレメンテ聖堂のサンタ・カレリーナ礼拝堂にあると指摘する。これを通じて、アラスはマサッチオのもたらした革新性を分析していく。ガブリエルとマリアの間にスペースが置かれることにより、三分割の構成が成立していることや、このサン・クレメンテ聖堂の絵の場合のように、描かれた建造物の消失点が奥のキリストの磔刑図に集まることで、キリストにまつわるストーリーの全体が喚起される構造になっていること、そして、ビザンツ以来の天使と聖母が別々に枠付けされるという伝統の配置が、同一平面に置かれたことの革新性などなど。うーむ、なんと豊かな意味論上の広がり、横溢と流出であることか……。
ちなみにそのサン・クレメンテ聖堂のフレスコ画は、たとえばこちらを参照のこと。