原・経済学?

善と悪の経済学―ギルガメシュ叙事詩、アニマルスピリット、ウォール街占拠気分転換も兼ねて、空き時間にトーマス・セドラチェク『善と悪の経済学―ギルガメシュ叙事詩、アニマルスピリット、ウォール街占拠』(村井章子訳、東洋経済新報社、2015)を読んでみた。原著がチェコでベストセラーになったという本。通常の経済学の書という感じではまったくない。それもそのはずで、同書は数式が並ぶような経済学を批判しようという一冊だからだ。では代わりに何をもってくるのかといえば、西欧の古来からの知的営みの中に見出される諸々の「経済学的言及」。あるいは近代の経済学の祖たちの議論の再考。それらをもとに、現代の経済学が失っている倫理の問題やら人間的な側面やらを復権させようという試みなのだが、古代思想などの理解はわりと通俗的というか、どこか通り一遍な感じで、中世やルネサンスなどは飛び越えてしまって顧みることもない(ときおりキリスト教の文脈でトマス・アクィナスが言及される程度)し、この試み自体も、ちょっととんがり具合が足らず、強い意味での経済学批判にはなっていないように思えるけれど(?)、一方で近代の経済学黎明期にまつわる個々のトピックスなどは素人目にも面白く、たとえばアダム・スミスが誤って、本来はマンデヴィルに帰されるべき私利と自由放任の擁護論者にされてしまっているとか、スミスの「神の見えざる手」への言及やケインズの「アニマルスピリット」への言及がそれぞれ三度ほどしかないといった話とか、細かいエピソードが妙に楽しい(笑)。ヒュームへの言及などもある。そういえばマンデヴィル『蜂の寓話』は最近新装版で再版されたのだっけ。

欧州では以前からこうしたアンチないしオルタナティブ経済学の書籍はいろいろ出ていて、もっと紹介されてもいいと思うのだけれど……(日本では経済一辺倒がこの先、結構重大な問題になっていきそうな気がするのだが)。個人的にも以前、ベルナール・マリス『反経済学教科書』(Bernard Maris, Antimanuel d’économie, Tome 1 Les Formis, Bréal, 2003)の翻訳企画を受けたことがあったのだけれど、訳稿が一通り終わる頃合いになって、図版の版権問題か何かが浮上して企画自体が流れたことがあった。同書などは扱う中味がもう古くなってしまったけれど(エンロン話とかね)、「自由競争なんて言ったって、しょせん企業は不正と談合で儲けているじゃないか!」というのが基本線でとても面白い一冊だった。フォルクスワーゲンの話などを聞くに、改めて納得(笑)。刊行できず残念。

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