洞窟絵画

昨年末に上野で「ラスコー展」を見た。パリなどで開催された「ラスコーIII」をそのまま持ってきたもののよう。周知のとおり、ラスコー洞窟はオリジナルが劣化のために閉鎖されて、ラスコーIIというレプリカが一般向けに作られ公開されていたが、IIIはその移動可能バージョンらしく各地を回っている。で、本国では現地ドルドーニュにIVも完成したとのことだった。IVは洞窟全体のレプリカとなっているという。で、そのラスコーIII、展示は洞窟絵画の立体的な配置のほか、クロマニョン人が用いていた技術の再現映像などもあって、愉しいものではあったのだけれど、復元されたクロマニョン人の像というのがやたらと西欧人的な感じで、個人的にはそこだけちょっとどん引き(笑)。子供も楽しめる展示というコンセプトは成功しているようで、有名な「鳥人間」の解説パネル前で、親子連れがそれについて話をしている光景などが見られた。展示は2月の半ばすぎまで。

Le temps sacré des cavernes : De Chauvet à Lascaux, les hypothèses de la science図録には今一つ食指が動かなかったので、何か関連する面白い書籍は出ていないかと思っていたら、フランスでちょうど(たぶんラスコーIVに合わせて)、いわば先史時代に関する諸説の総覧的な解説書が出ていたので取り寄せてみた。グウェン・リガル『洞窟の聖なる時代』(Gwen Rigal, Le temps sacré des cavernes : De Chauvet à Lascaux, les hypothèses de la science, “Biophilia”, Éditions Corti, 2016)というもの。長年ラスコーIIのガイドをやってきたという著者が、洞窟絵画を中心にクロマニョンの文化をまさに語り尽くすという一冊。前半はクロマニョン人の生活などをめぐる考古学的総覧、後半は洞窟絵画をめぐる諸説についてのまとめ(アニミズム、シャーマニズム、トーテミズムなどなど)。ルロワ=グーランの50年位前の学説から、近年のショーヴェの洞窟発見に伴う洞窟絵画表現の進歩史観の見直しまで、こんな解釈もあればあんな解釈もあると、総花的な記述が主なので、分量もずっしりという感じになってしまっているが、学説のインデックスとして利用することはできそうだ。個人的にはその絵画表現の進歩史観の見直しというあたりに、とりわけ関心が向く。94年発見のショーヴェ洞窟(フランス、アルデーシュ県)の絵画表現が3万7000年前(最古のもの)にしてすでに完成の域に達していることを示しているといい、表現様式は単純なものから複雑なものへと移行していくという年代記的な見方を過去のものにしている、とされている。この、一揃えがパッと突発的に出てくるというビジョンも、もしかしたらアリなのではないかと最近は改めて思うようになった。いわゆる芸事やその他知的諸活動は(些細なものも含めて)、少数の瞬発的な才覚をもつ人々と、それを模倣し拡散していくより多くの人々があってはじめて広がるのではないか、と。そしてそれは、何も現代人に限ったことではないのかも、と……。