まったくの門外漢だが、思うところあって、志賀浩二『現代数学への招待:多様体とは何か (ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2013)に眼を通してみた。ごく基本的な部分の知識しかないので、わずかな部分しか理解できないのだが、こういうときには一種の「キーワード主義」という感じで、まずは中心概念を大まかに把握していくことが中心となる。そこからうっすらと立ちのぼってくるなんらかの風景を、まずはそれだけで味わってみるということになるわけだ。もちろんキーワード主義には弊害もあって、取りこぼす部分も多々あるのだけれど、最初のとっかかりとしては悪くない。で、そこからすると、同書は位相空間(位相多様体)がどのような諸特徴をもつのかについて、それを写像ないし微分によって次元を落とすなどの操作を通じて理解しようという試み、と括ることができる。その過程で様々な概念が数学的に定義し直され、それがちょっとした醍醐味になっている感じだ。
たとえば「近さ」。著者は通常の感覚でも、距離よりも「近さ」のほうが先立っているのではないかと言う(この日常的な感覚や、ありふれた事例がときおり差し挟まれるのが、とても興味深い)。数学的に表現される「近さ」は、任意の部分集合が、開集合を含む別の任意の部分集合に含まれるときに、最初の部分集合はその別の部分集合に対して近いと定義されるらしい。もう一つの重要なキーワードが「滑らかさ」。これもまた、多様体に当てはめられるときの数学的な定義が示され、微分可能な局所座標が与えられうるときに、その多様体は滑らかだとされる。いずれももはや抽象的な概念なので、なんらかの図や像として思い浮かべることはできない。けれども、抽象的な数学の世界ではそれは当たり前。そもそも球面の定義(たとえばx1^2 + x2^2 + x3^3 = r^2)にしてからが、第四のx4^2が加わっただけで(つまり四次元として表すだけで)図示はできなくなるけれども、そうした定義がありうること自体は字面から推測される。ここから、ある種の形式的な思弁の世界が拡がっていく。なんと7次元の曲面上には、次元を1つ上げると「滑らかな曲面」として見えてくるような異なる微分構造があるのだといい、すでに28個もの異なる微分構造があることが発見されているのだという。そうした未知の風景(当然ながら、もはや視覚によらない抽象的思弁の現れだが)は、まだまだ数多く見いだされるのだろうとされる。
上の個人的なキーワード主義的なアプローチも、こうしてみると同書が位相空間に対して行っている操作と、本質的なところでは案外違わないのでは、という気もしてくる(ホントか?)。このアプローチ、もちろん内容の精査にはほど遠いので、数式の厳密な理解など、対応できない部分はきわめて多岐にわたるのだが、少なくともある種「次元を落とす」手法として、上の内容に重なりうるのではないか、などと考えてみたりする。さしあたり、今のところはそれでよしということにしておこう(笑)。