マウントウィーゼル(偽項目・虚構記事)とな?

(bib.deltographos.com 2024/02/06)

松本直美『ミュージック・ヒストリオグラフィー———どうしてこうなった?音楽の歴史』(ヤマハミュージックエンターテインメント、2023)を読んでみました。音楽の歴史記述の変遷を、面白おかしく活写した好著でした。増刷されたという話にも頷けます。

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著者は英国の大学で教えている音楽学者ということで、その講義風の語り口がとても印象的です。扱っている中身は、メタ視点も含んだ歴史音楽学の歩みが中心です。音楽の歴史記述では、なぜ伝記的な要素ばかりが取り上げられるのか、なぜ特定の音楽家が取り上げられているのか、彼らはいかにして名声を保ってきた(?)のか、なにゆえにどこかの時点で復活したのか、あるいは忘れ去られたのか、といった問題ですね。

そのトピックのあいだに、よい意味での脱線とでもいうべき、様々な逸話が語られています。まるで実際の講義みたい。それらがまた面白く、同書の魅力にもなっています。たとえば、日本ではかつて映画音楽全集みたいな企画の常連だった、「クワイ河マーチ」の原曲「ボギー大佐」が、英国では「鼻くそ大佐」として揶揄されていた、といった話など、思わず笑ってしまいました。

で、これまた意外な話で興味深かったのですが、有名なニューグローヴ音楽事典などには、実はいくつか「偽項目」(あるいは虚構記事)が忍び込ませてあるのだとか。これ、剽窃防止のための苦肉の策だったとのことで、19世紀以降の事典類では、伝統的な習慣として、そうした偽項目が散見されるのだとか。英国ではこれをマウントウィーゼル(山イタチ)と称するのだとか。これ、実に面白そうです!本当に剽窃防止になっていたのか、同じ偽項目がある事典はどれほど出回っていたのか、どれほど相互に影響しあっていたのかなどなど、たくさんの疑問が出てきます。偽項目だけに特化した研究書とか出ていないのでしょうか。個人的に、とても気になったのでした。

 

オマージュ映画2つ

(bib.deltographos.com 2024/01/28)

配信で観た最近の2本。これらはいずれも、結構胸熱のオマージュで成立しているかのような作品でした。

最初は、劇場公開ではあまりヒットしなかったらしい『ジョン・ウィック コンセクエンス』。シリーズの4作目で、原題はちゃんとchapter 4となっていますね。

https://www.imdb.com/title/tt10366206/

これにドニー・イェンが出ています。以前のスターウォーズ番外編『ローグワン』に続いて、今回もハリウッド作品では盲目の達人という役どころ。で、大阪のコンティネンタルで戦う場面で、彼が杖でコンコンと床を突くのですが、これがブルース・リーの『死亡遊戯』の1シーンを彷彿とさせます。

さらに、クライマックス近く、パリのサクレ・クール聖堂の階段を登るアクションが、まさしく『死亡遊戯』へのオマージュになっている感じです。しかもそこで言及される『死亡遊戯』は、リーの死後にリライトされた薄っぺらい版ではなく、(もともとの構想だったという)3人で登っていくオリジナル脚本のほうではないか、と思えるのです。そう、ウィックたちは3人で登っていくのですよね。

イェンはリーの『精武門』(『ドラゴン怒りの鉄拳』)のドラマ版リメイクで、リーのアクションの完コピをしたことで有名になった人ですが、その後も長くアクション映画に出演してきました。もう還暦過ぎですが、そのアクションの切れはまだまだ健在です。はっきりいって、キアヌ・リーブスのアクションが見劣りするほどです。

さて、もう一本、こちらは北欧(ノルウェー)のホラータッチのサスペンスものです。『イノセンツ』がそれです。監督のエスキル・フォクトがすでに公言しているようですが、これ、大友克洋の名作漫画『童夢』への、実にすばらしいオマージュになっています。

https://www.imdb.com/title/tt4028464/

というか、もはやこれは単なるオマージュを超えているかも。『童夢』を日本で安易に実写化したら、飛行シーンとかばかりに力点が置かれて、主人公たちの怒りや焦燥といった肝心な部分が薄っぺらくなってしまいそうですが、『イノセンツ』はむしろ能力をもった子たちを中心に、その内側の不穏な感じを淡々と描いていきます。

そしてクライマックスは、なんとも静かながら、とても緊張感に満ちた対決シーン。これはもう文句なしの名場面。まさに『童夢』の正当な焼き直し、といって差し支えないかと思います。