少し前ですが、なんとはなしに読み始め、一気に面白く読めたのが、黒木朋興『ロックと悪魔』(春秋社、2024)。ヘヴィ・メタルの悪魔的なイメージが、どのような文脈で生じているのかを、まさに「遠近」の両方の歴史からアプローチしていくという、なかなか刺激的な本でした。
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「遠近」の歴史というのはつまり、長いスパンと短いスパンの歴史を交互に描いて、その両方の中に「悪魔表象」という事象を位置づけた、ということです。遠いほうはキリスト教史、近いほうはロック・ミュージックの歴史です。
著者の慧眼というか、そもそもの着眼点が良いですよね。ヘヴィメタがほぼプロテスタント系の地域に限られることを指摘し、なぜそうなっているのかを、歴史的な文脈に探っていくというアプローチです。音楽に限らず、悪魔表象は主に、プロテスタント文化の文脈から生まれているのではないか、という話です。
16世紀のトリエント公会議を境にカトリックは、悪魔への言及の度合いを小さくしていくのに対して、宗教改革を経て聖書の内面化を推し進めたプロテスタント側では、実体としての悪魔という表象の比重が高まっていくのだといいます。善悪二元論はもともと、本来一元的世界観だった初期キリスト教に、ゾロアスター教、マニ教の影響によって生じたものとされますが、それが紆余曲折を経て、プロテスタント文化の中で再び息を吹き替えしていく、というのがなんとも興味深いですね。
近い歴史でも面白いことが起きています。初期のヘヴィメタのバンドは、悪の表象を歌い上げるにしても、社会批判的にそのテーマを扱っていたといいますが、それがやがて反社会性から純粋にエンターテインメントへとシフトし、悪の表象が前面に出てくるようになって、次第にキリスト教社会(プロテスタント系)から、「悪魔的なもの」として排撃されるようになっていく、というのです。悪魔に言及し、それっぽいコスチュームでステージに上がっても、実際には敬虔なプロテスタントだったりするミュージシャンもいるのですね。個人的に、ヘヴィメタの歴史はあまり知らなかったので、社会史的にもこれはとても面白い現象だと思いました。
著者はマラルメの研究者とのことで、なるほど記述のスタイルなどは研究者風です。でも一気に読ませる文章です。幕間的なコラムも読み応えがありますね。この本自体が極上のエンターテインメントでもあるし、労作でもあります。