輻輳する物語たち?

再びポール・オースター。今度は新潮文庫版『写字室の旅/闇の中の男』(柴田元幸訳)をkindleで読みました。相変わらずというか、最初何がどうなっているのかわからないところから始まって、やがて複雑な、錯綜した事態が浮かび上がるという中編2作でした。
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とくに『闇の中の男』は、目覚めた男が最初は穴の中にいて、外は内戦の始まっているもう一つの米国らしいということが明らかになってくるという、なにやら今風(?)の状況ををも思わせます。その米国はどうやら9.11の同時多発テロもなかった世界なのですね。SFめいている?いやいや、ここから作品には、もう一つの時間軸が登場し、作家の老人と孫の対話が展開します。これと「もう一つの米国」の話が、交互に語られ、やがてこの対話のほうがメインになっていきます。デシーカやサタジット・レイ、小津安二郎などの映画についての話などから始まるこの対話は、この時間軸が現実世界の側にあることを、妙にビビッドに思わせるものになっています。二つの時間軸は、それぞれある種の悲劇的な事象へと向かっていきます。

思うにこれは、作家が投げかける創作世界の、もとより複数的な性格と、それらのなんらかの輻輳についての考察なのかもしれません。個人的にちょっと消化しきれていない感もありますが、とても惹きつけられる一作でした。