さほど期待せずに読み始めたら、結構面白くて一気に読み通してしまったのが、ピーター・ターチン『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』(濱野大道訳、早川書房、2024)でした。なにやら扇動的なタイトルにも思えますが、著者みずからが提唱する「歴史動力学」(クリオダイナミクス)という、数理モデルを用いた歴史研究(動態分析ですね)の一つの結論がこのタイトルだというのです。なんと、14世紀の歴史家イブン・ハルドゥーンの「アサビーヤ」(社会連帯の概念)の独自解釈が、根底にあるのだとか。
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社会の統合期と崩壊期との繰り返しの速度は、社会の中のエリート層(支配層)がどれだけ過剰生産されるのかと、相関関係にあるという見立てです。社会的なエリートが増え、組織化されているうちはいいのですが、それが集団として社会そのものに異を唱えるようになると、社会変革はもとより、はては国家の転覆までもが導かれる、というわけです。同書の主眼は最近のアメリカの社会情勢に注がれているのですが、ターチンは、出身国のロシア(ソ連時代に米国に亡命しているのですね)の事例を引いているほか、革命の成功例・失敗例としてウクライナとベラルーシの例を挙げていたりもします。
社会の不安定度の予測モデル(MPFモデル)の中核には、相対賃金(大衆の貧困化とエリートの過剰生産をもたらす)と富のポンプが置かれているといいます。ターチンは、社会的な力学のモデル化が「ほんものの人間を見失いがちになる」という欠点についても自覚しており、いくつかの典型例のショートストーリーも散りばめています。
面白いのは、その数理モデルを駆使して、大まかな未来予測にまで踏み込んでいる点でしょうか。大変革期の2020年代の後、2030年代にかけて、エリートが減り、政治的ストレスが弱まり、急進派の多くが穏健化し、結果的に社会が安定するものの、富のポンプは作動し続けるので、また次第にエリートが増えていき、そしてまた同じことが繰り返される、という図を描いています。
ターチンの数理モデルは、当然ながら、それを支えるデータがなければ始まりません。そのモデルは、歴史の専門家たちが集める膨大な知識を、客観的かつ科学的な方法で活用し、なんらかの一定のパターンや、そのバリエーションを導こうとするものだ、と説明されています。なるほどこれは、まさにガブリエル・タルドなどが提唱した、常によりいっそう細やかになっていくべき統計学、の実践例そのものと言えるかもしれません。その意味でも、これからは理数系重視だとか何とか言って、人文知を顧みようとしないなど、もってのほかですよねえ。