自然概念の変遷へ

待ってました!碩学ピエール・アドの代表作『イシスのヴェール――自然概念の歴史をめぐるエッセー』(小黒和子訳、法政大学出版局、2020)。なんとアドの邦訳は今回が初なのだという。まず、「自然は隠れることを好む」と訳されてきたヘラクレイトスの箴言をめぐる意味・解釈の変遷を追った序文、そしてその解釈の迷走する森へと入っていく第1部、第2部、第3部に、すでにしてすっかり射抜かれてしまう(笑)。その箴言における自然とは何か、隠れるとはどういうことか、好むとは?これらをめぐるだけでも、すでにして様々な意味が含まれうる。

自然は「個々のものの構成」「根源」「ものを出現させる原因」「形象」などの意味を担いうるし、隠れることを好むの部分も、「隠す傾向がある」「隠れる傾向がある」「消滅させようとする」などなどの意味合いをもちうる。でもって、これがまたスリリングなところだけれど、そうした多様な解釈は歴史的な考察へと送り返される。こうして「フュシス」をめぐる、プラトン以前からアリストテレス、ストア派を経てフィロンや新プラトン主義、sらにはキリスト教世界、中世、ルネサンス、近世・近現代へと向かう壮大な旅が始まる……。

第4部以降、話は自然の「秘密」を探求する力として、ピエール・アドは実験・働きかけを重視するプロメテウス的方法と、推論・隠喩・詩的なアプローチを用いるオルフェウス的方法とを対置し、それぞれ古代から近代にいたるまでの変遷を、様々なエピソードを自在に操りながら追っていく。そしてそれら2つの方法は歴史の節々にて交差・邂逅する。25の世紀を縦断するかくも壮大な道行き。