イブン・ハルドゥーン

イブン=ハルドゥーン (講談社学術文庫)森本公誠『イブン=ハルドゥーン 』(講談社学術文庫、2011)を部分的にながら読んでいるところ。いや〜これも面白い(笑)。もとは1980年刊行の書だというが、イブン・ハルドゥーンについて多面的なアプローチでその全体像を描き出そうとしている好著。メインは主著の一つ『歴史序説』の抄訳だけれど、その周りにはイブン・ハルドゥーンの生涯ばかりか、イスラム社会思想の流れ、後世への影響についてなど、いずれも詳しい記述が配されて、それらの有機的な関連が像を結んでいくという趣向。ある意味模範的というか理想的な論考でもある。イブン・ハルドゥーンはチュニス出身の14世紀イスラム世界の歴史家・思想家。社会集団の成立論のほか、国家の一般理論(王朝の三世代論など)、また学問論でも(魔術や占星術、錬金術などに対して科学的実証性からの批判を展開したなど)興味深い着眼点を示している。後世への影響という点では、とりわけ西欧との絡みが気になるけれど、15世紀のスペインでは知られていたものの、17世紀に再発見されるまでいったんは忘れられていた存在だったという。同書全体のテーマからはちょっとずれるけれど、個人的には、イスラムの哲学者たちの伝統的立ち位置についてのコメントがとりわけ興味深い。イスラム社会では基本的にシャリーア(イスラム法)を司る法学者が力をもっていたわけだけれど、それに対して、アッバース朝初期のギリシア哲学流入以来となる哲学者の側も、その思想がときに法学者たちに取り入れられるほどの影響力をもっていたという(うん、その影響力の広がりというか、擁立のプロセスというか、そのあたりをもっとちゃんと知りたい気がする)。彼らは哲学的原理や理想的都市国家論などを説いていたが、とはいえシャリーア(そちらが優位にある)との調和を図るというのがその中心課題だったともいう。なるほど、やはりイスラム世界での哲学の立ち位置はどこか微妙だ。このほか帝王学の系譜というのもあり、イブン・ハルドゥーンにおいてはそうした三つの流れが総合されているのだという。