【基本】古代の「オイコノミア」

アリストテレスの『政治学』に続いて、今度はクセノフォンの『オイコノミコス』(家政について)を読もうと思い、それに先駆けてちょっと基本の復習。ちょうど古代ギリシアの「オイコノミア」がどういうものだったかを要領よくまとめた文章を見かけたので。ドタン・レスヘム「古代ギリシア人にとってオイコノミアはどういう意味だったか」(Dotan Leshem, What Did the Ancient Greeks Mean by Oikonomia?, in Journal of Economic Perspectives, vol. 30, no.1, 2016)というもの。

まず最初は「オイコノミア」の言葉の歴史について。オイコスは家とはいっても、むしろなんらかの製造拠点をも含む「地所」を意味していたといい、その管理術自体は紀元前8世紀から6世紀ごろの文献(ヘシオドスなど)で扱われているものの、「オイコノミア」という用語が台頭するのは、都市国家の統治が隆盛を極めるようになってから(紀元前5世紀−−ソクラテスの時代だ)だという。クセノフォンの著書もちょうどそのころ。続く紀元前4世紀のアリストテレス以降、約500年間にわたって哲学諸派による家政学の文献が書き継がれていく。続いて論考はクセノフォンを中心に、当時のオイコノミアの特徴点をさらっている。当時の「経済学」(家政学)は倫理的な側面が強いということがよく言われるが、これを支えているものとして、今の経済学の基礎である稀少性とはまったく逆に、自然は十分すぎるほどの財をもたらしうるという共通認識があった。そのため当時の経済の管理というのは、いかにその潤沢な財を抑制して用いるかという倫理的なスタンスが問題にされた、というわけだ。しかもその際の財の概念は、物質的な財というよりは、人的資源、すなわち奴隷制度に結びついていた……。こうしてみると、奴隷制との絡みなども含めて、近代における潤沢から稀少性への共通認識の転換というのはどのあたりに位置づけられるのかが改めて気になってくる。ちょっとそのあたりの経済学史的な話も覗いてみたい。