愛すべきパスティーシュ

奴隷のしつけ方前回、奴隷制の話がちらっと出たので、閑話休題的に次の書籍を挙げておこう。これは遊び心満載の現代の偽書、あるいはパスティーシュといったところの一冊。ジェリー・トナー『奴隷のしつけ方』(橘明美訳、太田出版、2015)。一応マルクス・ドニウス・ファルクスなるローマ時代の人物の著書ということになっているが、これはケンブリッジの古典学者研究者ジェリー・トナーが作った架空の人物。このマルクスなる人物の語りは、ローマ時代の諸文献からの寄せ集めで、まさに引用の織物といったところ。マルクスのテキスト(の翻訳)の各章に、このトナーが解説を付したという体裁になっている。トナーはこの解説で、引用元などを丁寧に明かしているが、これがなければ、つまりマルクスのテキストだけが流通したら、それで即、偽書の誕生ということになってしまいそうだ(笑)。もちろんこれは、当時の奴隷の管理方法に託して、現代社会の人材管理などの話を当てこすっているのだろうし、一種のビジネス書として読んでもよいのだけれど、でもやはり、古代に想いを馳せつつ良質のエンターテインメントとして読むのが王道だろう。いずれにしても、こういう遊び、前にも言ったけれど、一度はやってみたいと思うところ。惜しみなく拍手をおくりたい。