神経絶対主義?

ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」なにやら売れ筋になってきているようだが、ステファン・W・ポージェス『ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」
』(花丘ちぐさ訳、春秋社、2018)
を読んでみた。提唱者ポージェスのインタビューによるポリヴェーガル理論の入門書。ポリヴェーガル理論(多迷走神経理論)はその名のごとく、交感・副交感神経のに分類に加えて、三番目の神経系の区分けとして迷走神経を挙げ、それが感覚的な知覚(パーセプション)とは異なる「ニューロセプション」という機能(いわば無意識的な情報伝達だ)を担っているとし、たとえば安全かどうかといった判断にかかわる情報を、外的な声や音の低周波などをもとに神経網が無意識的に受理している、といった仮説が示される。具体的な仕組みの検証がどれだけ専門的に進んでいるのかは、この入門書からはあまりよくわからないが、さしあたり高周波の音楽などを聴かせることによって、安全のメッセージを吹き込み、自閉症やPTSDの治療に高い効果が期待できるという話のようだ。

一見するところトンデモなどではなさそうだが、かつてドーキンスの利己的な遺伝子の議論がそうだったように、様々な誤解や流用に開かれていきそうな印象もないでもない。多元的な要素による諸現象を、一つの原因論(ここでは迷走神経)へと還元しようとするかのように読めてしまうところがあるからだ。「安全かどうかの判断はすべて無意識的な迷走神経の知覚によるのかどうか」といった疑問への回答まわりは曖昧で、やはり仕組みの実証的な説明がもう少しないと、すっきりとは腑に落ちない気がする。神経生理学から臨床指向へとやや性急にシフトしているあたりにも、逸脱した議論や反応・誤解を招きそうな気がする。もちろん臨床指向そのものは悪くないのだろうとは思う。迷走神経を絶対視するようなスタンスに陥らずに、有益な研究が蓄積されていくのだろうか。今後の展開に注目したい。