2000年1月〜3月
| - ミシェル・ド・セルトー『文化の政治学』
- 酒井健『ゴシックとは何か』
- 東京国立文化財研究所編『語る現在,語られる過去』
- 菅野盾樹『恣意性の神話』
- ジャック・ル・ゴフ『歴史と記憶』
- ケヴィン・マイケル・ドーク『日本浪曼派とナショナリズム』
99年10月〜12月
| - ヴィレム・フルッサー『写真の哲学のために』
- ハルオ・シラネ、鈴木登美編『創造された古典』
- 大山誠一『〈聖徳太子〉の誕生』
- 加藤隆『「新約聖書」の誕生』
- フリードリヒ・キットラー『グラモフォン、フィルム、タイプライター』
- ポール・ヴィリリオ『戦争と映画』
99年7月〜9月
| - 港千尋『記憶』
- 港千尋『映像論』
- 松浦寿輝『エッフェル塔試論』
- 富山和子『日本の米』
- イヴァン・イリイチ『生きる思想』
- 木下直之『美術という見世物』
- 『記号学研究19』(ナショナリズム/グローバリゼーション)
99年4月〜6月
| - 丸山真男、加藤周一『翻訳と日本の近代』
- 酒井直樹『日本思想という問題』
- 姜尚中『オリエンタリズムの彼方へ』
- 『現代思想』5月号「市民とは誰か」
- 佐藤健二『読書空間の近代』
- 山田登世子『メディア都市パリ』
- 宮下志郎『読書の首都パリ』
99年1月〜3月
| - 大澤真幸『戦後の思想空間』
- 東浩紀『存在論的、郵便的』
- 金森修『フランス科学認識論の系譜』
- H.マトゥーラ、F.バレーラ『知恵の樹』
- C.R.ポパー『フレームワークの神話』
- 西谷修『戦争論』
98年10月〜12月
| - 川添登『東京の原風景』
- J.ロビンソン=ヴァレリー編『科学者たちのポール・ヴァレリー』
- 坂上康博『権力装置としてのスポーツ』
- W-J.オング『声の文化と文字の文化』
- ベネディクト・アンダーソン『増補想像の共同体』
- イ・ヨンスク『「国語」という思想』
98年7月〜9月
| - 今村仁司『近代性の構造』
- 渡部裕『音楽機械劇場』
- 西原稔『ピアノの誕生』
- 村上陽一郎『科学者とは何か』
98年4月〜6月
| - 『ユリイカ』1998年5月号 - 特集"文字"
- 鹿島茂『パリ・世紀末パノラマ館』
- 小倉孝誠『19世紀フランス 夢と想像』
- 田中優子『江戸の想像力』
- タイモン・スクリーチ『大江戸異人往来』
<98年1月〜3月
| - 『月刊言語』1998年2月号 - 特集"読む"
- 『季刊文学』1998年冬 - 特集「出版文化としての近代文学」
- 李孝徳『表象空間の近代』
- 小森陽一他『メディア・表象・イデオロギー』
97年10月〜12月
| - NHK人間大学:山口昌男『「知」の自由人たち』
- 石井研堂『明治事物起源』
- 三浦信孝編『多言語主義とは何か』
- 『月刊言語』98年1月号 - 特集「東京語」論
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