April 17, 2004

No.30

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silva speculationis       思索の森
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<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.30 2004/04/10

------クロスオーバー-------------------------
野蛮な中世?野蛮な現代?

中東の紛争などを差して「まるで中世のようだ」などとよく言われますが、イラ
クで起きている今回の野蛮な人質事件などを見ると、むしろ現代の方が野蛮さは
上手ではないのか、とさえ思えてきます。もちろん、中世の文献などを見れば、
戦争の際に何万人殺したなどといった数字が出てきますが、これは時に相当誇張
されているといわれます。戦闘の規模が大きかったことを示すのが目的なので、
極端に言えば大きな数なら何だってよいのです。例えば山内進『十字軍の思想』
(ちくま新書、2003)によると、十字軍によるエルサレムでの虐殺(1099
年)では、女性や子どもの多くは捕虜となって奴隷になった可能性が高いとして
います。捕虜は奴隷として売り買いされることが当時の慣行だった、というので
すね。これはこれで野蛮といえなくもありませんが(現代的な目で見れば、とい
うことです)、民族浄化で大規模な殺戮がなされる状況(折しもつい先日はルワ
ンダの虐殺から10周年だったのですが)などと比べてどうでしょう?

それとは別に、政治目的で人質を取る場合には、対象となるのはやはり政治的な
影響力をもった人物に限られています。例えばリチャード獅子心王の話は有名で
すね(18世紀にはグレトリーの作曲でオペラ・コミックにもなっています)。
十字軍から帰国したところを、リチャードはドイツのハインリヒ6世の命令で捉
えられて監禁され、母アリエノールがその身代金の支払いに奔走します。アン
リ・ルゴエルレ『プランタジネット家の人々』(白水社、文庫クセジュ、
2000)によると、身代金は10万マルク、当時の金額でイングランドの2年分の
歳入(!)に等しかったと記されています。しかもこれは間接的には十字軍の内
紛のせいです。リチャードのオーストリアのレオポルト公は、領主旗を振るのを
リチャードにやめさせたことなどに恨みを抱き、帰路についたリチャードの身柄
拘束の実行犯になるのですね。

では、一般人が政治目的で人質に取られるというのはいつごろからある「戦術」
なのでしょうか?そのあたりは探ってみなければならないところですが、決して
古くからあるものでなさそうです。古来、戦争では使者のやりとりがあります
が、相手側の使者を拘束して「返してほしくば撤退しろ」などということは言い
ません。そんな戦術が無意味であることを両者がわきまえているからです。一例
として『インカ帝国遠征記』(中公文庫、2003)などを見ると、16世紀のスペ
インによるインカ攻略においてすら、使者を使ったかけひきがさかんに行われて
います。偽情報を流して攪乱させたり、陽動作戦を行ったりはします。けれども
そうした相手方の使者を人質に取ったりはしません。そもそもそういう「戦術」
が成立するためには、捕らわれる人が相手の組織にとって見過ごせない重要な成
員でなければなりません。一般人を人質にとって脅す、という状況は、個が尊重
される世界でしか成立しません。古来の戦時の使者は戦略的な役割をになう駒で
しかなく、厳密な個ではないのです。個が尊重されるという、中世では考えられ
ない「良き時代」にあって、もしそのような尊重されるべき個を国家が踏みにじ
るようなことがあるなら、それはもしかすると中世以上に野蛮な行為、というこ
とになるのではないでしょうか。


------文献講読シリーズ-----------------------
「マグナ・カルタ」その7

お詫びと訂正です。この文書の主語をこれまで「われわれ」と訳出してきました
が、これは位の高い人が自分のことを称する際のいわゆる「ロイヤルwe」
(「朕」「余」などと訳されます)だという指摘があり、至極もっともですので
(なるほど実際の起草者は貴族たちでも、国王が発布する形を取るわけです)、
以後は「われ」という風に改めたいと思います。さて今回は35条から41条を見
ていきます。

               # # # # # #
35. Una mensura vini sit per totum regnum nostrum, et una mensura
cervisie, et una mensura bladi, scilicet quarterium Londoniense, et una
latitudo pannorum tinctorum et russetorum et halbergettorum, scilicet due
ulne infra listas; de ponderibus autem sit ut de mensuris.
36. Nichil detur vel capiatur de cetero pro brevi inquisicionis de vita vel
membris, set gratis concedatur et non negetur.

第35条:ワイン、ビール、穀物の単位は王国全土で単一とし、ロンドンで使わ
れているクォーターとする。染色、ラセットなどの布の大きさも、端から端まで
の2オーヌを単位とする。重さについても大きさの単位に準じる。
第36条:審問の令状のために、生命ならびに四肢に関するいかなる権限も付与
もしくは取得できないものとする。ただし令状は尊重し、拒絶しないこととす
る。

37. Si aliquis teneat de nobis per feodifirmam, vel per sokagium, vel per
burgagium, et de alio terram teneat per servicium militare, nos non
habebimus custodiam heredis nec terre sue que est de feodo alterius,
occasione illius feodifirme, vel sokagii, vel burgagii; nec habebimus
custodiam illius feodifirme, vel sokagii, vel burgagii, nisi ipsa feodifirma
debeat servicium militare. Nos non habebimus custodiam heredis vel terre
alicujus, quam tenet de alio per servicium militare, occasione alicujus parve
serjanterie quam tenet de nobis per servicium reddendi nobis cultellos, vel
sagittas, vel hujusmodi.
38. Nullus ballivus ponat decetero aliquem ad legem simplici loquela sua,
sine testibus fidelibus ad hoc inductis.

第37条:任意の者が、われに属する自由保有地、農役的保有地、自治邑保有地
を保持し、さらに他者の土地を軍役において保持している場合、それが自由保有
地、農役的保有地、自治邑保有地であることをもって、相続人および他者の封土
に属するその土地についての監督をわれは行わない。また、自由保有地、農役的
保有地、自治邑保有地について、かかる自由保有地によりその者が軍役を負って
いるのでない限り、われは監督を行わない。軍役において保持している他者に属
する土地、あるいはその相続人についても、小刀、矢、その他を提供するなどの
わずかな奉仕をもって、われは監督を行わない。
第38条:いかなる執行吏も、信頼に足る証言によって導かれる以外、任意の者
を、単なる訴えによって法の判断に付してはならない。

39. Nullus liber homo capiatur, vel imprisonetur, aut disseisiatur, aut
utlagetur, aut exuletur, aut aliquo modo destruatur, nec super eum ibimus,
nec super eum mittemus, nisi per legale judicium parium suorum vel per
legem terre.
40. Nulli vendemus, nulli negabimus, aut differemus rectum aut justiciam.
41. Omnes mercatores habeant salvum et securum exire de Anglia, et
venire in Angliam, et morari, et ire per Angliam, tam per terram quam per
aquam, ad emendum et vendendum, sine omnibus malis toltis, per antiquas
et rectas consuetudines, preterquam in tempore gwerre, et si sint de terra
contra nos gwerrina; et si tales inveniantur in terra nostra in principio
gwerre, attachientur sine dampno corporum et rerum, donec sciatur a
nobis vel capitali justiciario nostro quomodo mercatores terre nostre
tractentur, qui tunc invenientur in terra contra nos gwerrina; et si nostri
salvi sint ibi, alii salvi sint in terra nostra.

第39条:いかなる自由人も、捕捉、投獄、侵奪、法度、追放を被ることはな
く、その他の形で損害を被ることもない。また、同身分の者による法的判断ない
し国内法によるものでない限り、われはかかる者を糾弾もしくは拘束することは
ない。
第40条:われはいかなる者に対しても、権利または正義の売却、拒絶、遅延を
行わない。
第41条:あらゆる商人は、売買のため、イングランド内外への安全かつ確実な
出入りと滞在、陸路および水路での国内の移動の権利を、古来からの慣習法に即
して有し、戦時下にあって敵国からの品である場合を除き、いかなる不当な通行
料をも科せられない。開戦時に、かかる品が国内で見つかった場合には、敵国に
いるわが国の商人がどのように扱われているかを、われ、またはわが国の司法長
官が知るにいたるまで、身体および財産には危害を加えず留め置く。わが国の者
が保護されているならば、わが国にいる他国の者も保護する。
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35条に記されているワインやビール、穀物などの単位の制定は、当時の商業の
隆盛と関係しているのでしょう。同じく、41条では商人の移動の自由が謳われ
ています。37条の土地の保有についても、また39条の自由人の身体的自由で
も、個人の諸活動の自由という方向性は明確に見てとれますね。以前にも取り上
げたA.W.クロスビー『数量化革命』によると、13世紀ごろには、中世ヨーロッ
パ社会の三層構造(農耕者、貴族、聖職者)の枠に収まらない商人、両替商など
が「計算の雰囲気」を作っていたのだといいます。

個人の活動の自由という観点からは、この後もいろいろと興味深い記述が出てき
ますね。次回は42条から48条あたりまでを見ていきます。

投稿者 Masaki : April 17, 2004 07:10 AM