May 01, 2004

No.31

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
silva speculationis       思索の森
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<ヨーロッパ中世探訪のための小窓>
no.31 2004/04/24

------新刊情報--------------------------------
イラク情勢の展開を見るにつけても、イスラムに関する一定の理解はどうしても
避けて通れないことを痛感します。そんな中、岩波文庫の『コーラン』3巻本
(井筒俊彦訳)がワイド版で出ています。また、その訳者による『イスラーム文
化』(岩波文庫)も基本の一冊。そういえば、岩波の最近の新刊として『イス
ラームの国家と王権』(佐藤次高著)もありますね。

さて、中世関連の書籍も若干新刊が出ています。季節がら、というわけでもない
でしょうけれど、ちょっと値の張る書籍が並んでいますね(笑)。

○『ヨーロッパ中世世界の動態像 史料と理論の対話』
藤井美男、田北広道編著、九州大学出版会
税込価格: ?9,870、A5判 / 626p
ISBN 4-87378-825-0

カロリング朝の聖人伝や財産割当文書、8世紀から10世紀の裁判集会文書などの
分析、あるいは修道院の領民支配に関する研究など、面白そうな論文が目白押し
です。前回の新刊情報で取り上げた『史料が語るヨーロッパ』などもそうです
が、このところ史料論が改めてクローズアップされていますね。方法論的に何か
転換期のような時期に差し掛かっているのでしょうか。

○『比較史の道−−ヨーロッパ中世から広い世界へ』
森本芳樹著、創文社
税込価格: ?5,985、A5判 / 265,58p
ISBN 4-423-46053-X

『中世農民の世界』でブリュム修道院所領明細帳の興味深い分析を行った著者の
論集。イングランドの社会経済史に関するものがメインのようですが、ここでも
また様々な史料の問題が考察されているようです。

○『金持ちの誕生−−中世ヨーロッパの人と心性』
宮松浩憲著、刀水書房
税込価格: ?14,700 、A5判 / 688p
ISBN 4-88708-325-4

「金持ち」が都市の発展の中でどう形成されていったのか、というこれまた面白
そうなテーマですね。副題にもあるように、こういうテーマであれば、社会制度
の問題だけでなく、やはり心性史なども大いに関係してくるでしょう。重層的に
中世の世界を描き出す研究のようですが、ちょっと高価なのが玉に瑕というとこ
ろ。でもテーマがテーマだけに、いたしかないことかもしれません(笑)。


------文献講読シリーズ-----------------------
「マグナ・カルタ」その8

今回は42条から49条までを見ていきます。

               # # # # # #
42. Liceat unicuique decetero exire de regno nostro, et redire, salvo et
secure, per terram et per aquam, salva fide nostra, nisi tempore gwerre per
aliquod breve tempus, propter communem utilitatem regni, exceptis
imprisonatis et utlagatis secundum legem regni, et gente de terra contra
nos gwerrina, et mercatoribus, de quibus fiat sicut predictum est.
43. Si quis tenuerit de aliqua eskaeta, sicut de honore Walligefordie,
Notingeham, Bolonie, Lancastrie, vel de aliis eskaetis que sunt in manu
nostra et sunt baronie, et obierit, heres ejus non det aliud relevium, nec
faciat nobis aliud servicium quam faceret baroni si baronia illa esset in
manu baronis; et nos eodem modo eam tenebimus quo baro eam tenuit.

第42条:戦争に際して一時的に王国の公的な便宜を図る場合をのぞき、いかな
る者も、陸路および海路を通じて、法にもとづき、安全かつ確実に王国からの出
国および再入国ができるものとする。ただし囚人や王国内の法による処罰の対象
者、戦争相手国の者、上述の規定を適用する商人の場合はその限りではない。
第43条:誉れ高きウォリングフォード、ノッティンガム、ブーローニュ、ラン
カスター、その他わが所有地で男爵領となっている復帰財産の所有者が死亡した
場合、その相続人は、他の相続上納金を払わずともよく、男爵領を所有していた
ならばその男爵に対して負ったであろう役務以上の務めを行わずともよい。男爵
が所有する場合と同様に、かかる復帰財産をわれは所有する。

44. Homines qui manent extra forestam non veniant decetero coram
justiciariis nostris de foresta per communes summoniciones, nisi sint in
placito, vel plegii alicujus vel aliquorum, qui attachiati sint pro foresta.
45. Nos non faciemus justiciarios, constabularios, vicecomites, vel ballivos,
nisi de talibus qui sciant legem regni et eam bene velint observare.
46. Omnes barones qui fundaverunt abbacias, unde habent cartas regum
Anglie, vel antiquam tenuram, habeant earum custodiam cum vacaverint,
sicut habere debent.
47. Omnes foreste que afforestate sunt tempore nostro, statim
deafforestentur; et ita fiat de ripariis que per nos tempore nostro posite
sunt in defenso.

第44条:森林の外に居住する者は、公的な召喚を受けても、森林を管轄とする
司法長官の前に出頭せずともよい。ただし、訴えの当事者であるか、訴えに関係
する任意の者の保証人である場合にはこの限りではない。
第45条:司法長官、高官、州長官、執行吏に徴用するのは、王国の法を熟知し
その法を遵守する者に限る。
第46条:修道院の建造にあたり、英国国王の設立勅許状を有するか、もしくは
古来から土地を所有していた男爵は、その修道院が無人となる場合には、しかる
べき義務としてその管理を行う。
第47条:当代において植林した森林は速やかに普通地に戻す。当代において防
衛目的で建造した河岸についても同様とする。

48. Omnes male consuetudines de forestis et warennis, et de forestariis et
warennariis, vicecomitibus et eorum ministris, ripariis et earum custodibus,
statim inquirantur in quolibet comitatu per duodecim milites juratos de
eodem comitatu, qui debent eligi per probos homines ejusdem comitatus, et
infra quadraginta dies post inquisicionem factam, penitus, ita quod
numquam revocentur, deleantur per eosdem, ita quod nos hoc sciamus
prius, vel justiciarius noster, si in Anglia non fuerimus.
49. Omnes obsides et cartas statim reddemus que liberate fuerunt nobis ab
Anglicis in securitatem pacis vel fidelis servicii.

第48条:森林および狩猟地、さらに森林および狩猟地の監督官、地方長官、そ
の部下、河岸およびその管理者などの不正な慣習は、各自治体において、その自
治体のしかるべき人々によって選出され宣誓した12人の騎士により早急に調査
を行い、それらの者は調査より40日以内に、復活することのないよう完全にそ
れを撤廃し、われに報告するものとする。われが英国内に不在の場合には、国の
司法長官に報告する。
第49条:和平の保証または誠実なる役務として英国人が差し出したあらゆる人
質および憲章は、これをすべて返すものとする。
               # # # # # #

今回の42条は王国内外への移動の自由について述べています。前回の39条あた
りから、こうした個人の自由に関する規定が続いています。そのあたりの関連で
いうと、イングランドの場合、1679年に制定されたHabeas Corpus Act(人身
保護法)が有名です。これは17世紀のスチュアート王朝期に、人々を拘束して
は審理もなしに収監していたという状況があり、そうしたいわば君主の権力濫用
を是正するために議会が制定した法律で、「身柄を持参せよ」という意味の「ヘ
ビアス・コーパス」(ラテン語読みならハベアス・コルプスですが)という令状
をもって、裁判所が被拘束者の身柄をあずかるという制度が確立しました。後に
はアメリカ合衆国でも立法の基礎とされたこの「人身保護法」は、第二のマグ
ナ・カルタともいわれています。つまり、身体的自由の問題を初めて明文化した
のはマグナ・カルタだった、ということがその含みとしてあるのですね。

余談ですが、少し前に邦訳が出た政治哲学者ジョルジョ・アガンベンの『ホモ・
サケル』でも、統治権力の根底としてのバイオポリティクス(生命、身体などに
関わる政治)という文脈で、この人身保護法の話が出ていました。なるほど、個
人の生命や身体に関わる保証の規定からは、それまでの君主の権限が、ひとつに
はそうした生命や身体に関する決定権を全面的・例外的に付与されることによっ
て支えられていたことが見えてきます。同書の文脈では、その例外的な立場は一
種疎外された立場であって、後の近代の人権概念なども、そういう例外状況が一
般化したものと考えると手放しでは喜べないといった展開になっていくのです
が、それはさておき、マグナ・カルタもまた、たとえそれが旧来からの封建法の
確認文書であったのだとしても、そうした権限付与の関係を刷新しようとしてい
る点で、やはり転換期的なものだったとは言えそうです。

さて次回も引き続き50条から先を見ていきます。いましばらくおつき合いくだ
さい。

投稿者 Masaki : May 1, 2004 07:12 AM