「Hard Science」カテゴリーアーカイブ

転用の広がり

前回の投稿で触れたジョセフ・ヒースの『啓蒙思想2.0』では、直感やパターン認識に流されていく人間の思考を合理的に「正す」(直感やパターン認識を緩和・抑制する)のに、その都度、なんらかの「クルージ」を考案することが推奨されていますね。クルージ(kluge)とは、もとは生物の進化の過程で、本来の働きとは異なる目的のために、なんらかの機能を転用するという現象を指す言葉で、それを認知科学系の論者ダニエル・デネットなどが敷衍し、広い意味での「機能の転用」を指すものとなったということです。

技術哲学のシモンドンではないですが、工学の現場においても、なんらかの特定機能を別の用途に転用するということが、技術的な対象物の進化・変転を促すことは、ごく普通に見られる現象だと思います。最近ずらずらっと読んだのですが、ヴェンカトラマン・ラマクリシュナンの『ジーン・マシン――細胞のタンパク質工場「リボソーム」をめぐる競争」(大田直子訳、みすず書房、2025)は、リボソームの構造やタンパク質形成のプロセスなどを追う、科学者たちの隆盛を、群像劇的に描いた興味深い科学読み物ですが、これなどを見ても、技術的な転用が新たな生物学的革新をもたらしていることが再三述べられています。「科学は実際、見知らぬ人たちの親切に依存しているのだ」と著者は述べています。
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より規模の大きな、ネガティブで組織的な転用、というのもありそうです。これも少し前に読んだものですが、クィン・スロボディアン『破壊系資本主義――民主主義から脱出するリバタリアンたち』(松島聖子訳、みすず書房、2026)は、ごく少数の富裕層の資本家が理想とする、民主主義がほとんど機能しない自由貿易区域(ゾーンと称されています)が、全世界的に各地で乱立した経緯をまとめたものです。興味深いのは、それらのゾーンは、国家のしがらみから逃れるどころか、とくに大国を中心に、国家が自分たちの目的(国家資本主義体制の確立)のために使う、道具に堕しているというのですね。これなども、ある特定の貿易形態の転用がもたらした風景と言えるかもしれません。そこで描かれている現在図・未来図は、かならずしも明るいものではありません。
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再びポジティブな転用に話を戻すと、『啓蒙思想2.0』では、最後のところで、直感とパターン認識による偏向が招くものとして、人種差別の問題や、民主主義の軽んじの問題などが取り上げられています。前者については、他者のグループ分けやステレオタイプ化が避けがたい以上、違いの顕著さを低減させるよう環境を整えることが説かれています。また後者については、民主的な熟議の質を改善すること、とくに意思決定の過程をゆっくりにすることが推奨されています。この「スローポリティクス」の勧め、ある意味とても示唆的です。

新年は「奇想」三昧から

前回に引き続き、年末年始の「年越し本・年越し映画」から、印象に残ったもののメモを。今回はどれもある種の「奇想」(語弊を覚悟で言えば、ですが)という感じがするものばかりです。もちろん、作っている側にとっては奇想でもなんでもないのでしょうけれど。

カルロ・ロヴェッリ『すごい物理学講義』(竹内薫監訳、栗原俊秀訳、河出書房新社、2019)は、有名になった超弦理論のオルタナティブとして示された、ループ量子重力理論について、一般向けに解説・紹介したものです。こういうまったく畑違いの本を読むのはとても楽しいですね。普段まったく接しない世界なので、一種の奇想譚のように読めてしまいます(笑)。
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このループ理論というものは、時間や空間を結晶格子状の離散的なものとして捉えるのだそうで、時空にはそれ以上分割できない最小単位がある、ということになるのだとか。また、それに倣うと、宇宙開闢のビッグバンもまたビッグバウンス(伸びたり縮んだりするという)の宇宙観になり、ブラックホールにしても、中に入ったものが縮減して消滅するのではなくなる、という話です。これは面白いですね。著者も同書で繰り返し触れていますが、デモクリトスとかの原子論(!)が、回り回って形を変え、蘇ってくるかのようです。

もう一つ、こちらは小説集ですが、オラフ・ステープルドン『火炎人類』(浜口稔訳、ちくま文庫、2025)を読んでみました。なんといっても中編の表題作(1947年の作)、その発想に舌を巻きました。
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ステープルドンは、『スターメイカー』でもまさに奇想の権化という感じでしたが、こちらも同じように素晴らしいですね。語り手の友人からの手記というかたちで、石の中に長く閉じ込められていた、太陽由来の火のような生命体との、ファーストコンタクトおよびテレパシーでの交流が描かれます。はたしてこれはその友人の妄想なのか、またその生命体が実在するなら、敵なのか味方なのか。なかなかスリリングな展開が楽しめます。

これに触発されて、積読になっていた『最初にして最後の人類』を、ここぞとばかりに読み始めました(笑)。以前、スポメニック(東欧のアーティスティックな戦勝記念碑)を延々と映し出すヨハン・ヨハンソンの映画を見て、とても気になっていた原作です。

年末年始には映画も配信で数本見ましたが、玉石混交というふうでした。そのうちで個人的に一番ウケたのは、u-nextで配信中の『リライト』(松居大悟監督、2025)でした。
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始まってすぐに、「あれ?これって『時かけ』(時をかける少女)なの?」と思ったのですが、それはすぐに終了してしまい(かつて『コンスタンティン』が、冒頭5分で『エクソシスト』をやってしまったのと同じように)、そこから怒涛の「おばか話」(ほめ言葉です!)に突入していきます(笑)。この展開、ゲラゲラ笑いました。舞台が尾道で、大友宣彦へのオマージュというか、尾美としのりや石田ひかりが出ているのもポイントです。