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ラロ・シフリン、そしてMI

先週のNHK FMの「ジャズ・トゥナイト」で、ラロ・シフリンが特集されていました。しかも追悼ということで。6月に亡くなっていたんですねえ。うかつにも知らなかった。シフリンといえば、『スパイ大作戦(ミッション・インポッシブル)』や『燃えよドラゴン』のテーマ曲など、映画音楽などで知られる作曲・編曲家で、もとはクラシック畑出身のジャズ・ピアニスト。

FMの聞き逃し配信はわずか1週間(いつも思うけど、ケチくさい😅)なので、もうそろそろ聞き返しできなくなりますが、パーソナリティの大友良英氏は、1966年のスパイ大作戦のオリジナル録音(モノラル)には、ベースにレイ・ブラウン、ドラムにシェリー・マンといった大御所たちが入っていたのではないかと推測しています。当時のシフリンは、ジャズ演奏の仲間を積極的に入れて面白い演奏をやっていたとのことで、それもありかも、という話でした。でも、意外に当時のそういう情報というのは、どこにも記されていないのですね。

↓ The best of MIsson: impossible
https://musicbrainz.org/release-group/09ccefa6-ea20-3080-b426-47ad72c1ae21

時代から遠ざかって行くほど、そういう細かな、何気ない情報というのは、いっそう重要になっていったりするわけですが、失われる可能性もまた高まっていく……。事象がもつはかなさ、そして価値は、こうしてますます貴重なものになっていくのだなあ、と。当たり前のことですが。

↓ Lalo Shifrin & Friends
https://musicbrainz.org/release-group/e2ee5bb8-7d23-46fd-a875-21a03ea8ae39

シフリンが音楽を手掛けた映画としては、ほかにもポール・ニューマンの名作『暴力脱獄』とか、クリント・イーストウッドの『ダーティーハリー』のシリーズ、『悪魔の棲む家』、先に亡くなったロバート・レッドフォードの『ブルベイカー』などなど、実にいろいろありますね。テレビ作品も、『スタスキー&ハッチ』なんかがあります。なつかしい!

ミッション・インポッシブルの5拍子のあの旋律は、いまでも使われていますねえ。ちょうど配信で安くなった、トム・クルーズの最新作(ファイナル・レコニング)を観ましたが、なんだかちょっと痛々しい感じが。減圧とか水温とかをナメたりしているのも難ありで、素直に作品世界に入っていけませんでした(苦笑)。いちおう集大成っぽい雰囲気でしたが、これが集大成でいいのかしら、という感じ。

「遠近」の歴史というアプローチ

少し前ですが、なんとはなしに読み始め、一気に面白く読めたのが、黒木朋興『ロックと悪魔』(春秋社、2024)。ヘヴィ・メタルの悪魔的なイメージが、どのような文脈で生じているのかを、まさに「遠近」の両方の歴史からアプローチしていくという、なかなか刺激的な本でした。
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「遠近」の歴史というのはつまり、長いスパンと短いスパンの歴史を交互に描いて、その両方の中に「悪魔表象」という事象を位置づけた、ということです。遠いほうはキリスト教史、近いほうはロック・ミュージックの歴史です。

著者の慧眼というか、そもそもの着眼点が良いですよね。ヘヴィメタがほぼプロテスタント系の地域に限られることを指摘し、なぜそうなっているのかを、歴史的な文脈に探っていくというアプローチです。音楽に限らず、悪魔表象は主に、プロテスタント文化の文脈から生まれているのではないか、という話です。

16世紀のトリエント公会議を境にカトリックは、悪魔への言及の度合いを小さくしていくのに対して、宗教改革を経て聖書の内面化を推し進めたプロテスタント側では、実体としての悪魔という表象の比重が高まっていくのだといいます。善悪二元論はもともと、本来一元的世界観だった初期キリスト教に、ゾロアスター教、マニ教の影響によって生じたものとされますが、それが紆余曲折を経て、プロテスタント文化の中で再び息を吹き替えしていく、というのがなんとも興味深いですね。

近い歴史でも面白いことが起きています。初期のヘヴィメタのバンドは、悪の表象を歌い上げるにしても、社会批判的にそのテーマを扱っていたといいますが、それがやがて反社会性から純粋にエンターテインメントへとシフトし、悪の表象が前面に出てくるようになって、次第にキリスト教社会(プロテスタント系)から、「悪魔的なもの」として排撃されるようになっていく、というのです。悪魔に言及し、それっぽいコスチュームでステージに上がっても、実際には敬虔なプロテスタントだったりするミュージシャンもいるのですね。個人的に、ヘヴィメタの歴史はあまり知らなかったので、社会史的にもこれはとても面白い現象だと思いました。

著者はマラルメの研究者とのことで、なるほど記述のスタイルなどは研究者風です。でも一気に読ませる文章です。幕間的なコラムも読み応えがありますね。この本自体が極上のエンターテインメントでもあるし、労作でもあります。