silva speculationis       思索の森

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<ヨーロッパ古代・中世思想探訪のための小窓>

no.420 2021/03/27

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------文献探索シリーズ------------------------

神々は黄昏るか(世界神の誕生)(その38)


フェスチュジエール『コスモスの神』(『ヘルメス・トリスメギストス

の啓示』第2巻)から、ストア派について論じた箇所を中心に見ていく

というこの連載も、いよいよ大詰めです。同書の最終パートにあたる、

アレクサンドリアのフィロンについて論じた15章から17章に入っていま

す。


前回は、フィロンが同時代の折衷主義的な思想をひたすら反映する人物

だったこと、その上でなお、フィロンの個性的な部分として、たとえ折

衷主義的な教義であろうともそれを誠実に受け止め、内面化していたこ

とが議論されていました(15章)。今回は16章になりますが、フェスチ

ュジエールはそこで、「世界の観想」に言及したフィロンの文章を抜き

出し、その宗教観を改めて再構成しようとしています。フィロンは必ず

しも教義を体系化しているわけではないとのことですが、一方でその

「世界の観想」は反復されるテーマにもなっており、フェスチュジエー

ルによれば、ある意味フィロンの精神世界を貫く基調にもなっているら

しいのです。


世界の観想のテーマは、(1)視覚の優位性、(2)知性の卓越、(3)

観想から神への到達、(4)観想者の状態といったサブテーマから構成

されている、とフェスチュジエールは考えています。


まず(1)は、世界を観想する上で仲介役となるのは、なんといっても

視覚だという論点です。その意味で視覚の優位ということが言われるわ

けですね。しかしそれだけでは天上世界を見いだすことはかないません。

不可視のものに思いを寄せるには、そこに知性の裏打ちがなければなら

ない、というわけで、これが(2)の論点へとつながっていきます。


フィロンは、人間が「天空の植物」であるとのプラトンのたとえを取り

上げ、さらに展開させています。植物は頭を地中に埋めて固定されてい

るとし、またほかの動物は地のほうへと頭を垂れているのに対して、人

間は頭を天に向けることができる唯一の存在だというのです。そうでき

るのは、人間のもつ知性のおかげであり、その知性は星辰の回転運動に

付き従うものでもあり、地上世界の限界(時間など)をも超越すること

ができ、神の本質をも掌握しうるものなのだ、というわけです。人間の

知性は、偉大な神の魂の小片であるとされています。


(3)に関しては、まず「神の概念はどこから来るのか」という、前4世

紀以来、哲学諸家の定番となっていた問題が取り上げられます。たとえ

ばアリストテレスは、解答として、神的現象の体験と、天体の観察を挙

げていたのでした。フィロンはとくにこの後者を重く見て、天空の規則

正しい運動を目にすることで、その背後に、そうした運動を司る大いな

る存在を考えないわけにはいかないと説いています。これもまた当時の

ありふれた教義だったようですが、フィロンの場合、「諸民族は土着の

あらゆる神を崇めつつも、信仰として「同じ」創造神の存在に同意しう

るものである」と記していたりするところが特徴的だ、とフェスチュジ

エールは見なしています。


かくして、世界を観想することで神の存在を認めることはできるとフィ

ロンは言うわけなのですが、一方でその神的な本質に思いを馳せるには、

また別の方法が必要だとされます。要するにそれは秘儀の啓示なのです

が、当然、そのためには知性をさらに高める修行が必要になってきます。

これはすでにして(4)の話になっています。


世界から神の認識へと向かおうとする時点で、その知性はすでにして賢

慮の域に達していると言われます。フィロンはその意味での賢者であろ

うとすることを大いに推奨しているわけなのですが、一方では、それで

十分とは言えないと述べています。その賢慮の在り方は、まだ途上のも

のでしかない、というわけですね。また、そのような在り方での宗教に

は危険もある、とフィロンは主張します。


それはつまり、世界をあまりに優れたものと見なすと、世界そのものが

神々しいものと思えてしまい、本来なら神に捧げるべき栄誉を、被造物

でしかないものに与えかねない、ということです。これはおもに、カル

デア人、すなわち占星術者たち(ギリシア・ローマ時代には、カルデア

人と占星術師はほぼ同一視されていました)について論じた文章に出て

くるようです。フィロンは、旧約聖書で神がアブラハムに言った「わた

しはカルデアのウルから導き連れ出した主である」(創世記15章)との

言葉を、「星辰の崇拝から真の神の崇拝への移行」を象徴していると解

釈するのですね。


そんなわけで、真の賢者とは、世界の壮麗さを認めつつもそれに拘泥す

ることなく、その創造主である神にこそ、知性の目を向けなくてはなら

ない、とフィロンは説くことになります。そのような賢者に対してこそ、

神は逆に自身(の本質)を分け与えるのだ、とも言われます。すなわち

啓示ですね。


上で述べたように、世界そのものは、確かに神の存在についての考察を

促しはするのでしょう。けれどもそのままでは、神の本質についてはい

かなる知見も得られません。本質を理解するには、神そのものがみずか

ら姿を表さなくてなりませんが、人間は神と一対一で対峙することはで

きないとされます。ではどうすればよいのでしょうか。間接的な方途し

かない、とフィロンは説くようです。神を知るには、再び聖書から、し

かるべき箇所を象徴的に掘り下げていくしかない、と……。


というわけで、次回はいよいよこのフェスチュジエール本をめぐる本連

載の最終回として、神の本質についてのフィロンのアプローチを見てい

きたいと思います。はたしてそれは、世界神をめぐる史的考察のグラン

ドフィナーレになるのでしょうか。どうぞお楽しみに。

(続く)



------文献講読シリーズ------------------------

古代の「香り」(その33)


テオフラストス『植物原因論』から、香りについて論じた第6巻を見て

います。いよいよあと残すところ19章と20章だけとなりました。今回は

そのうちの19章を見ていきます。香りや味わいのやりとり・保持などに

ついての話になっています。原文はいつもどおり、次のURLをご参照く

ださい。

https://www.medieviste.org/?page_id=9984



19.1 ここからは香りの相互のやりとりについてだが、植物の実はそう

した香りを引き寄せたりはしないし、植物の特定の部位が全面的に引き

寄せて、明らかな効果を生じさせることもない。したがって私たちは、

ニンニクやタマネギなど、刺激性のある匂いを発する植物を、冠状の植

物の傍らに植えることもできる。そのほうが芳香にとっては良いと言わ

れたりもする。これが真実だとすれば、それには2つの異なる原因が考

えられる。1つには、刺激臭を発する植物が悪い匂いを取り除くからで

ある。それぞれの植物は適切な栄養分を取り、同種のものを引き寄せる。

異質なものが取り除かれれば、残りの部分はより純粋になり、いっそう

の芳香を醸すようになる。もう1つには、(刺激臭を発する植物が)熱

と過剰な栄養摂取によって、土壌を乾燥させるからである。乾いた土地

ではすべての植物が芳香を醸す。以上が、(先の言明が正しいとの)推

測にもとづく説明である。


19.2 樹液の場合、分離すると(香りを)引き寄せるようになる。とり

わけ油やワインがそうである。これは不合理にも思える。水は小さな部

分から成り、匂いも味もなく、全体としてかたちもなく、匂いや味をも

つこともないのに対して、味わいと香り、厚みをもつもの(油やワイン)

が、なにゆえにそれらを受け取ることができるのだろうか。ワインなど

は、注ぎ込まれなくともそれらを受け取り、むしろ自身の内になんらか

の熱があることによって、近くにある香りを引き寄せる。熱こそが引き

寄せる力であり、水はそうした熱をほとんどもたない。性質上冷たいも

のだからである。


19.3 一方で、香りを受け取り、それを保持する側は、あまり繊細であ

ってもならないし、不透過的であってもならず、それを保持できるもの

でなくてはならない。繊細なものは、ふるいのごとくに、流出を防ぐす

べをもたず通過させてしまう。より質感が密で厚みのあるものは、香り

を受け止めやすく、その保持に適している。どちらにも適した性質をも

っているからだが、そうした性質は油とワインの両方に見いだせる。調

香師たちは香りを油に入れて保存するほどだ。油はそれ以外の点でも保

存の用途に適している。変化しないがゆえに保存する力がきわめて高い

のである。水はすぐに蒸発してしまい、(香りを)洗い流し分解してし

まう。すでに述べたように、その繊細さは香りの保持には向かない。空

気もまた保持する力がなく、拡散するだけである。


19.4 乾燥したものでも、とくに質感が粗なものは香りも味わいももた

ない。ウールや衣服、その他類するものがそうである。一方で、味わい

や香りをもつものもある。たとえばリンゴなどがそうで、これは樹液か

らの香りを受け取るし、引き寄せもする。もとより樹液を含むものだか

らだ。端的に言って、灰や砂のように過度に乾燥したものや、過度に水

分を含むものは、香りを受け取ることができない。前者ではとどめるこ

となく通過させてしまうし、後者では分散させて洗い流してしまうから

である。


19.5 それゆえにこそ、ノウサギの足跡は、狩りの前に穏やかな雨が降

ると、匂いがはっきりするのである。足跡が保持されるのは、しっかり

と深く押し付けられるからで、表面が乾いた土地や、逆に泥のような、

水分が多く湿った場所ではそうはならない。風や湿度は匂いにとって望

ましくないからだ。風や雨はいずれも、相互に匂いを消してしまう。し

たがって足跡の保持には、指輪型印章の場合のように、なんらかの適切

な配合が必要なのである。この問題については以上で十分であろう。



ここでは香りの保持についての話が中心ですが、その導入というかたち

で、まずは香りの相互のやりとりが示唆されています。仏訳註によると、

テオフラストスは同じ『植物原因論』の4巻などで、一部の植物がほか

の植物の芳香に影響を及ぼすことがあることを指摘しているようです。

たとえば、キャベツやローリエがブドウに与える影響です。近くにそれ

らの植物があると、ブドウの若枝は逆のほうを向いてしまうとされてい

るのだとか。また3巻には、隣同士になっている植物の片方を取り除く

と、もう一方も枯れてしまうという話も紹介されています。


1節めでは、実などが他の香りを引き寄せたり、取り込んだりはしない

ことが記されています。刺激性の匂いを発する植物を、ほかの植物(こ

こでは冠状の植物)の傍らに植えると、芳香がよくなるという言い伝え

が示されていますが、テオフラストスはそれを、刺激臭が同じような悪

臭を引き寄せて取り除いてくれるから、あるいは土壌を乾かして芳香に

有利にしてくれるからだ、と自身のこれまでの議論を生かして説明して

いますね。


2節めから3節めにかけて、油とワインが香りを引き寄せ、閉じ込める働

きをもつことが示されています。仏訳註によると、油とワインが香りや

味を保存できることは古代から知られていたといい、ローマ時代におい

ては、殺菌したブドウで作ったワインないしは熱したワインに果物を漬

けて保存するとか、芳香のある植物を入れた油にオリーヴを漬けて保存

するなどが行われていたといいます。


油やワインのそうした保存機能についての説明も、やはりこれまでの議

論にもとづく推論でまとめられています。ワインや油は、内的に熱を閉

じ込めていて、それによって香りを引き寄せ、さらに質感が密で厚みが

あることから、香りを受けて留め置くことができるのだという説明です。

調香師が油を使って香りを保存するという話も3節に出ていますが、再

び仏訳註によれば、香水の製造についてはテオフラストスの『匂いにつ

いて』が詳しいようで、そこでも、香りを固定するために油が使われる

ことが記されているようです。そちらには、どんな油が適しているのか

といった説明もあるのだとか。


4節では、前にも出てきたように、香りを保持できるものは乾燥しすぎ

ていてもいけないし、水分が多すぎてもいけないとして、一般論へと拡

張しています。そして5節では、ノウサギの狩りに際して、弱い雨が降

った後でその匂いが立ち上るという話が出ています。仏訳註によれば、

これは出典があるようで、クセノフォンの『狩猟術』という著作ではな

いかとのことです。ちなみにこの『狩猟術』については、クセノフォン

の著作としての真贋論争もあるようです。


ただ、5節の足跡の話は、匂いというよりは視覚的な話のようにも思え、

少し錯綜している印象も受けますね。最後のほうには指輪型印章の話も

出てきています。指輪の表面に凹凸で模様が刻まれていて、これを証文

に乗せたしかるべき素材(溶かした金属や粘土、蝋など)のうえに押し

付けて刻印し、正式な証文とするというものですが、ここではその素材

が適切でなければ、きちんとした印が捺せないということを言いたいの

でしょう。ちなみに、指輪型印章はギリシア・ローマで古くから使われ

ていたようで、たとえばプラトンの対話篇などにも、印章のたとえが出

てきたりします。


次回はいよいよ最終章となる20章です。お楽しみに。

(続く)



*本マガジンは隔週の発行です。次号は4月10日の予定です。


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